地元国立大学を卒業後、父から引き継いだのは演歌が流れ日本人形が飾られたケーキ屋。そんなお店をいったいどのようにしてメディア取材の殺到する人気店へと変貌させたのかーー。株式会社モンテドールの代表取締役兼オーナーパティシエ・スギタマサユキさんの半生とお菓子作りにかける情熱を、安田佳生が深掘りします。
第83回 人生を「美味しく」するスパイスとは?

本当に美味しい料理って、単に甘いとか塩辛いだけじゃなく、酸味や苦味、香りといった、様々な要素が絡み合った複雑な味がしますよね。その「複雑さ」というのがすごく重要なんじゃないかとふと思ったんですよ。

そうそう。つまり「美味しさ=複雑さ」という図式が成り立つんじゃないかと。そしてそれは、人間の感情や人生においても同じことが言える気がして。「楽しい」「嬉しい」というポジティブな感情だけで満たされた人生も素敵ですが、それだけではどこか物足りない。

そう思いますね。というのも、僕がキャリアをスタートさせた神戸の「ダニエル」という洋菓子店が、まさに「味の複雑さ」を徹底的に追求するお店だったんです。

ええ。例えばキャラメルのほろ苦さや、フランボワーズの酸味、チョコレートの渋みといった要素を何層にも重ねて、一つのケーキを創り上げていました。当時の先輩からも、「本当の美味しさは、味の複雑さの中にあるんだ」と教わりましたしね。

笑。ただその頃の僕自身は、「こんなに手間をかけなくても、素材だけで十分美味しいのに」なんて思っていましたけどね(笑)。でも完成したお菓子を食べたとき、なんとも言えない、一言では表現できない味わいの深さに衝撃を受けたのをよく覚えています。

ああ、確かに(笑)。隠し味だから前面に出てくるわけじゃないですが、何か違うんですよね。まさにそのようにして、口に入れた瞬間の味だけでなく、喉を通った後の余韻まで含めて、すべてが緻密に設計されている。シェフはまさに、「味の映画監督」のような存在でした。

ははぁ、面白い表現ですね。確かに、ハッピーなシーンだけで構成された映画なんて誰も見ませんもんね。主人公が何の苦労もせずに幸せになりました、では物語にならない。困難や悲しみを乗り越えるからこそ、最後に深い感動が生まれるわけで。

本当にそうですね。つい平穏でハッピーな毎日を望んでしまいますが、もし本当にそんな人生だったら、きっと退屈でつまらないものになってしまう。人生で起こる様々な出来事は、味わいを深めるための必然なんでしょうね。なんだかすごく勇気づけられました。

嬉しいことばかりの人生は「ハッピー」かもしれないけど、「美味しい」人生とは言えないんでしょう。もちろん苦味や渋みが強すぎてもダメですけど。絶妙なバランスで配合されているからこそ、最後に心地よい余韻が残る。

以前、安田さんがポッドキャストで話されていた『青い鳥』のエピソードを思い出しました。幸せの青い鳥を探して世界中を旅したからこそ、最後に「幸せは一番身近な場所にあった」と気づくことに価値がある。最初から家に閉じこもっていては、その感動は絶対に味わえないですよね。

いいこと言ってますね、私(笑)。でも本当にその通りで、苦味や渋みの美味しさが分かるようになるには、ある程度の人生経験が必要なんです。子どもの頃はピーマンが嫌いだったのに、大人になってチンジャオロースを食べると、あの苦味があるからこそ肉の旨味が引き立つんだと気づく。

そう考えると、怒りや悲しみといった感情も、人生に深みを与えてくれる重要なスパイスなんでしょうね。それ自体は単体で味わいたいものではないけれど、喜びや楽しさと混ざり合うことで、私たちの人生という物語を、より豊かで味わい深いものにしてくれるんだと思います。
対談している二人
スギタ マサユキ
株式会社モンテドール 代表取締役
1979年生まれ、広島県広島市出身。幼少期より「家業である洋菓子店を継ぐ!」と豪語していたが、一転して大学に進学することを決意。その後再び継ぐことを決め修行から戻って来るも、先代のケーキ屋を壊して新しくケーキ屋をつくってしまう。株式会社モンテドール代表取締役。現在は広島県広島市にて、洋菓子店「Harvest time 」、パン屋「sugita bakery」の二店舗を展開。オーナーパティシエとして、日々の製造や商品開発に奮闘中。
安田 佳生(やすだ よしお)
境目研究家
1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。安田佳生事務所、株式会社ブランドファーマーズ・インク(BFI)代表。


















