第142回 豪華な霊柩車が街から消えた理由

この対談について

株式会社ワイキューブの創業・倒産・自己破産を経て「私、社長ではなくなりました」を著した安田佳生と、岐阜県美濃加茂エリアで老舗の葬祭会社を経営し、60歳で経営から退くことを決めている鈴木哲馬。「イケイケどんどん」から卒業した二人が語る、これからの心地よい生き方。

第142回 豪華な霊柩車が街から消えた理由

安田
最近、お宮型の霊柩車を全然見かけなくなりましたね。

鈴木
もうほとんどないんじゃないかな。ウチも昔は2台保有していましたけど、もうありませんから。
安田
え、『のうひ葬祭さん』には1台もないんですか?

鈴木
ないない。ご遺族の方からニーズがあった時だけ、外注で対応してます。といっても、そういうニーズもご葬儀10件のうち1件あるかないかという程度ですけど。
安田
1割以下か…。なんでそんなに減ってしまったんでしょうか。

鈴木
一番大きいのは、近所からの苦情でしょうね。縁起が悪いとか、死を連想させるとかで、昔から忌避されがちなんです。新しい火葬場なんかだと、そもそも宮型の霊柩車が禁止されているところもありますよ。
安田
えぇ…そうなんですか。人間皆いつかは死ぬのに、そこまで「死」を忌み嫌わなくても…

鈴木
本当ですよね。とは言え、そういう声も無視できないので、今では「洋型」と言って、ワゴン車やミニバンタイプの霊柩車が主流になっています。
安田
そう言えば私の両親が亡くなった時も、洋型の霊柩車が来ていました。確かにお宮型に比べれば、死は連想されづらいか。

鈴木
そういうことです。それに目立ちづらいじゃないですか。近所にお宮型が停まっていたりすると「あそこ誰が亡くなったのかしら」って噂になってしまったりするので。
安田
ああ、なるほど。確かにそういうのって面倒ですもんね。…でもそもそも昔の霊柩車って、なんであんなに豪華な「宮」を載せていたんですか?

鈴木
車がなかった時代は、棺を台車に乗せて墓地まで運んでいたんです。でもそれじゃあまりに露骨だということで、台車の上に輿(こし)を作って棺を覆うようになった。それが起源だと言われていますね。
安田
は〜、興味深い。そんな歴史があったんですね。

鈴木
そう言えばちょっと話がそれますが、昔って「霊柩車を見たら親指を隠せ」って言われませんでした?
安田
ありましたね〜! ちゃんとやってましたよ(笑)。…あれって何か理由があるんですか?

鈴木
「親指=親」を守るって意味なんですよ。子どもに「親を大事にしなさいよ」と伝えるためのもので。
安田
そうなんですね、知らなかったです。それにしても日本人って、どうしてここまで「死」を隠したがるんでしょうか。キリスト教徒の方に言わせると、それって日本人独特の考え方らしいですよ。

鈴木
おそらく日本古来の「神道」の影響なんでしょうね。神道って死を「穢れ(けがれ)」と捉えているので。
安田
尊いものではなくて、穢れなんですね。

鈴木
たとえば「清め塩」ってありますよね。あれも「穢れを清めるための塩」なんですよ。『古事記』には「イザナギノミコトが黄泉の国から帰って来た時に、海水で禊をして穢れた体を清めた」と書かれていて、そこから「海水(塩)=穢れを落とす」となったらしい。諸説あるようですけどね。
安田
そうだったんですか! …でも仏教だったら、仏様を拝むくらいなんだから「死者」がわりと身近な宗教じゃないですか。

鈴木
そうですね。浄土真宗なんかは「亡くなったら即、仏になる」という考え方なので、清め塩は必要ないと教えています。とはいえやっぱり日本人には神道の教えが深く根付いてますからね。
安田
なるほどなぁ。そういう教えが、結果として宮型霊柩車を消してしまうわけですね。個人的にはちょっと残念ですけど。

鈴木
これも時代の変化の一つなんでしょうね。今後はさらに「死=穢れ」という感覚が強まっていくのかもしれない。死生観というものも、常に移り変わっていくものなんでしょう。

対談している二人

鈴木 哲馬(すずき てつま)
株式会社濃飛葬祭 代表取締役

株式会社濃飛葬祭(本社:岐阜県美濃加茂市)代表取締役。昭和58年創業。現在は7つの自社式場を運営。

安田 佳生(やすだ よしお)
境目研究家

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1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。安田佳生事務所、株式会社ブランドファーマーズ・インク(BFI)代表。

 

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