第36回 10万円の物語
【10万円は旅立ちのはなむけ】
「これ、母さんには内緒で」
そう言って、親父に封筒を手渡されました。
約25年前、慣れ親しんだ地元福岡から、
関西の大学へ旅立つ新幹線の改札前のことです。
封筒の中には10万円入っていました。
私と違って、口数の少ない親父でしたので、
ほかには何も言いません。
渡された私は、独り乗る新幹線の中で、
これからの期待と不安で心細くなり、
10万円の入った封筒を見つめていました。。。
【10万円の出口】
実際のところは、そんな素敵な話ではなく、
「おー、ラッキー!親父、やるじゃん!」
と、降って湧いた10万円に喜び、
その意味することや、
思い入れなんて考えもしませんでした。
結局、そのお金は1か月ももたず、
遊興費へと消えていきました。
心温まる10万円の出口は、
深夜のバカ騒ぎに形を変えて、
溶けてなくなってしまったのです。
【10万円のメッセージ】
時がたち、私にも子供ができました。
鼻水を垂らして、ゲームをせがむ息子を見ながら
ふと、なぜ10万円だったのだろうと、
いまさらながら考えるようになりました。
生活するなら、10万円なんてすぐなくなってしまいます。
母親に内緒である必要もありません。
おそらく、
一人息子が旅立つ寂しさや、
独りで生活できるかという心配、
頑張って来いよという激励、
離れても味方だよという心くばり、
もう甘えさせないぞという叱咤。
そんなメッセージが10万円だったのでしょう。
【10万円の価値】
通貨は、価値の交換機能や評価機能をもちます。
交換した時点で、価値を手に入れるものだと習いました。
しかし、この10万円の物語を考えてみると、
それ以外にメッセージ機能のようなものがありそうです。
バカ騒ぎに消えた10万円は、
通貨としての10万円の出口でしたが、
親父のメッセージのこもった10万円は、
25年たち私が子供を持った今、
ようやく出口をみつけたような気がします。
私にとっては、何倍もの価値を持って。
時がきたら、
私も10万円を息子にそっと手渡そうと思います。
ゲームに消えるとわかっていても。