その206 バトルの勝者

かつてネットで流行したネタで、「腕時計のつり革バトル」というものがあったそうです。

満員電車でつり革を持ったときに見えるとなりの人の手首の時計を観察して、内心で勝った負けたを論評するという「遊び」です。
ちょっと悪ふざけ感はありますが、自分と他人のチョイスを比較するというのはモノで楽しむときのメインのやり方のひとつです。
もともと、高級時計はエグゼクティブやセレブリティの趣味であり、社交で雑談道具に使うようなものだとききます。そんな、非日常的な価格のするモノのヒエラルキーを競わせる舞台が、庶民が集う満員電車であるというのも「ネタ」としてはふるっています。

お客様を迎えてのミーティングなど、仕事のシーンでも環境的には似たような状況はありますが、こちらは勝った負けたどころではなく、比較を持ちこむことはできません。

ただ、手元が剝き出しになることはあるので、見たり見られたり、という瞬間は生じます。

向かいあった3、4人のご来訪者の手元にそれぞれ、シャツからはみ出さんばかりの大きな時計がキラキラ光っていたりするのを目にしますと、
「なんか、社風なのかな……」
と、それはそれで偏見のようなことを想像してしまいます。

スマートウォッチをつけていればこういう話は終わりだよ、という説もありますが、そうおっしゃる方は理解されていません。
われわれはひとりでニヤニヤするだけでなく、比べて遊びたいのです。
挨拶程度の距離感のひとから「なにそれ?いくら?触らせて?」と食いつかれるリスクを冒してでも、なんとかロレックスをつけて歩きたいのです。

ただ、そんな俗っぽい価値観ではおよばない層というのも存在します。

それは、競争に参加しないというだけでなく、静かに愛用されている方です。

先日、弊社に来訪された30歳くらいの方が、10年くらい前に大学生や若手社会人のあいだで大流行した安価なファッション時計をされていました。
そのころ若い方に流行したということは、いまはそうではなく、なんでしたらイケてないということになりましょう。

しかし、いまつけるのはちょっと……ということを気にせず、もしかしたら気づかず、その方はおそらく当時から現在にいたるまで着用を続けているわけです。

もうかなわんな、といわざるを得ません。

なにせ、モノはだまって使い続けるのがいちばん難しいのですから。

 

 

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著者自己紹介

「ぐぐっても名前が出てこない人」、略してGGです。フツーのサラリーマン。キャリアもフツー。

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