「使命……」
「社長はうまいバーガーを作るために、そしてそれを食べた人たちを幸せにするために頑張った。毎日遅くまで店に残って、新しい商品を開発したり、サイドメニューを考えたりした。おかげでお客さんはどんどん増えた。当然、大勢のスタッフが必要になった。でも、これは俺の想像ですけどね社長、あの頃は採用に困ったりはしてなかったんじゃないですか?」
「………」
社長は黙っていた。
「誰よりも率先して行動する社長に共感して、あるいはその調理の腕に憧れて、ここで働きたいって人がたくさんいたんじゃないですか?」
「………」
「クーティーズは活気ある店になった。売上もかなり上がったんでしょう。それで店を移転することにした。それまでの店舗の二倍以上の広さだ」
「え……じゃあ昔はここじゃなかったんですか」
思わず口を挟んだ俺に保科は、「だからそう言ってんじゃん」とバカにしたように応える。
「元々は下北沢にあったんだよ。店の名前も違ってた」
「そうなんですか……でもなんでそんなこと知って……」
「結構な有名店だったみたいで、ネットにいろんな情報が残ってたよ。とにかくーー」
そして保科は社長に向き直り、話を続ける。
「若者や観光客メインの下北と違って、新橋はサラリーマンの町だ。店も大きくなったし、客層も変わるしで、社長はだんだんと経営者としての仕事に追われるようになった。社長自身が厨房に立つ機会は徐々に減っていったんでしょう。結果、経営的には成功。ただ、注文を受けてからパティを焼き始め、一皿一皿時間をかけて丁寧に盛り付けを行うこれまでのメニューだと、回転率という意味では課題があった。そこで社長はより大きな利益を求めて、メニューを一新することにしたんだ。これまでよりもシンプルかつライトなものに。とにかく回転率を重視して、店員も増やすことにした。求人広告を出すようになったのはその頃……つまり移転から半年後だ」
「どうしてそんなことまで……」
「今朝、会社のPCで掲載実績を調べた。初回掲載は今から約2年前。つまり、移転から半年だ」
そうか、と思う。掲載実績はAAのネットにログインした状態でなければ調べられない。今朝保科がHR特別室ーーAAのネットが使える環境ーーに顔を出したのは、その為だったのか。
「やがて社長は、完全に店舗から離れた。その経緯はよくわからないけど、とにかく現場のオペレーションは社員やバイトに任せて、社長業に専念することになったんだ。……それから2年、社長は今採用に困ってて、そして多分、あの時と同じ失敗を繰り返そうとしてる」
黙ったままだった社長が、保科のその言葉にピクリとし、視線を上げた。
「……お前に何がわかる」
声が震えていた。保科は肩をすくめる。
「お前に何がーー」
社長が続けて言おうとした時ーー
「あの……社長」
突然、低い声がした。
ふと見ると、先ほど厨房にいたあの大きな体の男が、いつの間にかこちら側に出てきて、社長の後ろに立っていた。大きな体に似合わない、小さな声。
「何だ! 今忙しいんだ」
社長が今度はその店員を睨みつける。身長差は二十センチほどあるだろう。彼の前では小柄な社長は子どものようにも見える。
「いや……あの……ちょっと相談したいことがあって……」
「うるさい! 後にしろ!」
社長が声を荒げる。男はその反応に、怯えたように俯いた。
「わかりました……もういいです」
男はボソリとそう言うと、カウンターではなく店の出口へと向かっていった。扉が開き、ガロンガロンと鈴が鳴る。
「お、おい……どこに行くんだ!」
呆然として叫ぶ社長を横目に、なぜか隣の保科が、大きなリュックを背負って立ち上がった。
「じゃ、あと頼むわ」
「は? どこ行くんですか」
俺の言葉を当然のように無視し、保科は小走りに店から出ていってしまった。
(SCENE:016につづく)
ROU KODAMAこと児玉達郎。愛知県出身。2004年、リクルート系の広告代理店に入社し、主に求人広告の制作マンとしてキャリアをスタート。デザイナーはデザイン専門、ライターはライティング専門、という「分業制」が当たり前の広告業界の中、取材・撮影・企画・デザイン・ライティングまですべて一人で行うという特殊な環境で10数年勤務。求人広告をメインに、Webサイト、パンフレット、名刺、ロゴデザインなど幅広いクリエイティブを担当する。2017年フリーランス『Rou’s』としての活動を開始(サイト)。企業サイトデザイン、採用コンサルティング、飲食店メニューデザイン、Webエントリ執筆などに節操なく首を突っ込み、「パンチのきいた新人」(安田佳生さん談)としてBFIにも参画。以降は事業ネーミングやブランディング、オウンドメディア構築などにも積極的に関わるように。酒好き、音楽好き、極真空手茶帯。サイケデリックトランスDJ KOTONOHA、インディーズ小説家 児玉郎/ROU KODAMAとしても活動中(2016年、『輪廻の月』で横溝正史ミステリ大賞最終審査ノミネート)。
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