【連載第33回】これからの採用が学べる小説『HR』:第4話(SCENE: 050)

俺は思わず言う。身長は俺よりだいぶ小さいし、体型だって島田のように小太りだ。有名選手どころか、本当にバスケができるのかもわからない。

だがその一方で、いくつかの記憶がすくい出されるように浮かんだ。

初めてHR特別室に行った時、ソファに寝転んだ状態からすごいバネで立ち上がった室長。

中澤工業の事務所に貼られたバスケット選手のポスターに、妙に興奮していた室長。

「同学でしかもバスケの有名選手。そりゃ相手も心を開くか……でも、さすがに今回の話は寝耳に水なんじゃないの」

高橋が言うと、室長は「それがさ」とどこか悲しげな雰囲気になって答えた。

「僕が行く前から、既に考えていたっていうんだ。一線から退いて、あらためて自分の人生を振り返ったんだ、と。そうしたら気づくことがあった。BANDへの出資話ももちろん知ってて、それを知った当初はむしろ喜んでいたんだと」

「当初は、ということは、今はそうじゃないのね。高木生命の本当の思惑が見えてきたってことなのかしら」

BAND、そして高木生命。

……やはりこれは今回の案件についての話らしい。だが、俺にはその全体像がまったく見えない。一体室長と高橋は何の話をしているのか。

「ああ。先方も、引退者とはいえ社内とのつながりが完全になくなったわけじゃなさそうでね」

「なるほどね。で……彼の結論としてはどっちに転んでるわけ」

「まあ、自分の人生そのものの評価でもあるわけだから、そう簡単に結論は出せないだろう。人間、過去の記憶というのはほとんどプライドと同義だからね。だが、後悔している部分はあると言っていた」

「……そう。それで明日の件は?」

「まあ、大丈夫だ。しかるべきところに許可も取った」

室長はそう言いながらスコッチウイスキーを飲んだ。

「さすがね。……で、保科、あんたの方は? 会わせてもらえたの?」

「ああ、まあね」

スマホから顔を上げず保科が答える。

「それで、どんな状態だったの? 話はできた?」

「……いや、それはほとんどできなかった。2人で縁側で、ぼーっとしてただけ。でも、お母さん曰く、今日はすごく気分が良さそうに見えるって。訪ねてきてくれてありがとうってさ」

「それって、どういう意味?」

すると保科はスマホを置き、言った。

「俺みたいな、どこの馬の骨ともわからない奴でも、訪ねてきたことを喜んでくれるんだ。状況は推して知るべしだろ。俺、マジでムカついてきたよ。彼をあんな風にした奴は、その高級な施設でのうのうと暮らしているわけだろ」

室長の方を睨みつけながら言う保科に対し、室長も視線を落とす。

「君にしちゃ一面的な意見だが……ま、彼は君がそう思うくらいの状態だったんだろうね。だがね、彼は後悔していたよ。彼のような人生を歩んできた人間が後悔を口にする。それがどれくらいのことか、君もわからぬわけではあるまい」

ふと沈黙が訪れたが、それを高橋が自然に引き継いだ。

「あれだけ大きな会社は、何人もの人間の人生を巻き込みながらここまで永らえてきた。……いい? だからからこそ簡単には止まれないのよ。むしろ、誰かが止めてくれることを望んでるように私には思えるわ。……特にあの社長にとっては、お兄さんのことがあるわけだから」

「でも高橋さん、結局会わなかったんだろ、今日」

「あら、よくわかるわね。この僕ちゃんのおかげで、予定を変更したの」

そう言って俺を指差し、室長と保科が俺を見た。

「いや……あの、どういう話なのか俺、全然わかんないんですけど」

そうだ。そのとおりだ。いつだってこいつらは、俺を置いてきぼりに話を進めやがる。

「だから、明日のプレゼンの話さ」

室長が事もなげに言う。

「プレゼン?」

そして高橋はメニューに視線を落としながら、面倒臭そうに言った。

「僕ちゃんも来てね。明日13時、BAND JAPANに乗り込むから」

SCENE:051につづく)

 


 

著者情報

児玉 達郎|Tatsuro Kodama

ROU KODAMAこと児玉達郎。愛知県出身。2004年、リクルート系の広告代理店に入社し、主に求人広告の制作マンとしてキャリアをスタート。デザイナーはデザイン専門、ライターはライティング専門、という「分業制」が当たり前の広告業界の中、取材・撮影・企画・デザイン・ライティングまですべて一人で行うという特殊な環境で10数年勤務。求人広告をメインに、Webサイト、パンフレット、名刺、ロゴデザインなど幅広いクリエイティブを担当する。2017年フリーランス『Rou’s』としての活動を開始(サイト)。企業サイトデザイン、採用コンサルティング、飲食店メニューデザイン、Webエントリ執筆などに節操なく首を突っ込み、「パンチのきいた新人」(安田佳生さん談)としてBFIにも参画。以降は事業ネーミングやブランディング、オウンドメディア構築などにも積極的に関わるように。酒好き、音楽好き、極真空手茶帯。サイケデリックトランスDJ KOTONOHA、インディーズ小説家 児玉郎/ROU KODAMAとしても活動中(2016年、『輪廻の月』で横溝正史ミステリ大賞最終審査ノミネート)。

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