HR 第4話『正しいこと、の連鎖』執筆:ROU KODAMA
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SCENE:056(第4話)
BAND JAPANからの帰り、HR特別室の面々と俺は、銀座線の新橋駅に到着した。
電車から一斉に吐き出されるサラリーマンの集団に流されるようにホームに降りると、改札を出て、そのまま地下道を通ってJR新橋駅方面へ。車内でも俺だけ離れた場所にいたせいで、3人との間には気づけば10メートル以上の隔たりができていた。
……というか、少しくらい待つ素振りを見せたっていいじゃねえか。躊躇なくガンガン進んでいきやがって。
それにしても人が多い。金曜だからと言っても、午後三時過ぎだ。あるいは、夜の飲み会のために、皆急いで仕事に勤しんでいるのだろうか。まあ、そんなことはどうでもいい。俺はサラリーマンたちをかき分けるようにして前に進み、そして、3人が階段を登ってSL広場近くの地上に出たタイミングでちょうど追いついた。
「ちょっと、少しくらい待ってくれても……」
思わずつぶやくと、高橋が振り返って「あら、いたの」などと言いやがる。
「さ、行こうかね」
室長が呑気に言い、スマホに視線を落としたままの保科も含め、3人はまた歩きだす。
息をつく間もない。うんざりしながらその後をついていこうとして、あれ? と思う。
HR特別室は、ここを左折してニュー新橋ビル方面に行かなければならない。だが、3人は明らかに正面、虎ノ門方面に歩いていく。
「ちょ、ちょっとどこ行くんですか」
俺の言葉に室長が振り返り、「どこって、宴会だよ」と言った。
「は?」
宴会? なんだそれ。意味がわからない。だいたいまだ日がガンガンに照っている時間だ。
だが、俺がそれ以上何を聞いても、室長は「まあまあ、いいじゃないか」とニコニコするるだけで何も答えてくれなかった。
――歩くこと数分。
「さ、到着だ」
そう言った室長が指差す先を見て、驚いた。
見覚えのある佇まい。そうだ、HR特別室での研修初日、保科と共に来た店……そう、営業一部から出てきた俺が保科の頭のおかしさを見せつけられた店、クーティーズバーガー。
状況が呑み込めない俺をよそに、保科が慣れた感じで扉を開け、中にはいっていく。ガランガランという鈴の音。高橋と室長もその後に続く。俺も慌ててその後を追い、店内へと足を踏み入れた。
「あ、いらっしゃいませ!」
どこか聞き覚えのある声が聞こえ、すぐに奥の方から図体の大きな店員が近づいてきた。
「あ……」
思わず言った。
そうだ、この人は、俺と保科がここに“商談”に来た時、社長と揉めて店を飛び出したここの社員だ。名前は茂木。保科は俺をほったらかしに茂木を追いかけ、そのままHR特別室に連れて帰って“取材”をした。大きな体に似合わぬ、どこか怯えたような態度が印象的だった。だが、どうだ。
「村本さん。お待ちしてましたよ!」
以前の雰囲気が嘘のような明るい笑顔、大きな声。一週間前に会ったときとはまるで別人だ。
「え……ああ、どうも」
「さ、こちらへどうぞ」
よくわからないまま席についたとき、カウンターの奥からもう一人の男が現れた。こちらは茂木より随分小柄だ。前回と服装が全く違うので一瞬わからなかったが、大きなジョッキに注がれた生ビール3つと烏龍茶を盆で運んできたこの人は、間違いなく社長だった。
どこか無理をして「意識高い系」の見た目をしていた社長は今、茂木以上に年季の入ったエプロンに、頭にはこれまたくたびれたバンダナ、という出で立ちだ。
「今日は腕によりをかけて作りますよ。あんたたちには……感謝してるからな」
「……え?」
その時、ガランガランと扉の開く音がした。思わず振り返ると、見慣れぬ男女が店に入ってきたところだった。茶髪の元気の良さそうな若い女と、メガネをかけた真面目そうな小太りの中年男。
「おはようございまーす」
女の方があっけらかんとした様子で言い、俺たちの横を「いらっしゃいませ」とニコニコしながら通り過ぎていく。2人はそのままカウンターの奥へ進み、見えなくなった。その様子を嬉しそうに見ていた茂木がこちらに顔を向け、言う。
「先日採用した新人たちです」
「え……」
「しかも2人とも正社員で」
「え? 正社員で? もう?」
さすがに驚いて聞き返した。原稿が出て一週間も経っていない。ただでさえ採用が難しいと言われる飲食業界の正社員募集だ。この短期間で2名も採用できたとしたら、それは大成功と言っていい。
「2人とも、内定出したその日から毎日出勤してくれてます。最初ってことでまだディナータイムだけですけど……彼ら、クーティーズバーガーの味を本気で学ぼうとしてくれてるんです。こちらが驚くくらいの熱意を持って」
「そうなんですか……」
半ば呆然としながら答えると、社長がどこか照れくさそうに言う。
「思った以上にたくさん応募が来たもんだから、俺も茂木も、浮かれちゃって。エントリーシートをずらっと並べて、こりゃじっくり選べるな、なんて言ってたんです。……でも、保科さんに怒られちゃって」
「え?」
「あんたらが一緒に働くのはエントリーシートじゃないんだ! そんなもの眺めてる暇があるなら1秒でも早く会え!って」
皆の視線が保科に集まる。保科はちょっと肩をすくめて見せる。
「でも、本当にその通りでした」
茂木が話を継いだ。
「僕らが店のことで悩んでたのと同樣、求職者のみなさんも、それぞれがそれぞれの悩みを抱えながら就職活動をされてるわけですよね。僕らも人間で、彼らも人間。そんな当たり前のことを僕らはずっと忘れていた。そういう視点でエントリーシートを見たら、受ける印象が全然違ってきまして」
「印象?」
「ええ。なんというか、今までってとにかく年齢とか経験しか見てなかったんですよ。でも、そうじゃなくて、その人の人柄とか熱意とか、そういうものが伝わってくるエントリーシートの方が、ずっと魅力的に見えてきて。そういう基準でこれぞ、と思う人にすぐ連絡しました。その日のうちに面接したいって言ったら、驚かれましたけど」
「最初に連絡した2人が、さっきの2人だよ」
社長が言い、嬉しそうに目を細めた。
「茂木の言う通り、彼らの熱意はすごい。だから彼らが入った日から、私もこうしてできる限り現場に入ることにした。彼らに教えたいことがいっぱいあるし、それに、なんていうんだろうな、不思議なもので、彼らに教えることで私が学ぶ部分もある。……本当に今回のことで、私は目が醒めましたよ。まったく、保科さんには頭が上がらない。こうしてお店も使ってもらってるし」
そうだった。俺は思い出して、誰に言うでもなく聞いた。
「ていうか、どうして僕ら、ここに来てるんです? ビール運ばれてきてるし。まだ3時過ぎですよ?」
今度は茂木が驚いた顔をして俺を見た。
「知らなかったんですか? これ、村本さんの送別会ですよ」