第19回 「ビジョナリークリニック」
お医者さん
電子カルテをクラウドカルテに変えようとしたんだけど、まさかスタッフにあんなに反対されるとは……。
お医者さん
私自身はクラウドカルテにしたいんだが、かといってスタッフの意見をないがしろにもできないんだよな。うーん、困った。
親の心子知らず、と同じですよね。経営者の心、スタッフ知らず。
絹川
雇われている側のスタッフは、とかく変化を嫌うんですよね。だから、新しいシステムの導入やオペレーションの変更などを歓迎しない。
絹川
お医者さん
本当にそうなんだよ。何かって言うと反対、反対、反対だ。雇っているのは私なのに、私の意見は全然通らない。……って、あなたは誰?
ドクターアバターの絹川です。お医者さんの様々な相談に乗りながら、「アバター(分身)」としてお手伝いをしています。
絹川
先生はクラウドカルテを導入したいとお考えなんですね。
絹川
お医者さん
うん。今の電子カルテのままで営業するのは不安でね。ここらでクラウドに移行したいなと思ってるんだよ。
トライアルで触ってみたりもしましたか?
絹川
お医者さん
そのトライアルが問題でさ。業者さんに来てもらってサンプルを使わせてもらったんだけど、うちのベテランスタッフのおばちゃんが、文句タラタラで。「わかりづらい!」とか、「今のままの方が絶対いい!」とか。
ああ、なるほど。あるあるですね。立場の強いスタッフが反対すると、その下のスタッフもそれに従わざるを得なくなる。
絹川
お医者さん
そうなんだよ!本当はクラウドに賛成のスタッフもいるはずなんだけどさ、そのおばちゃんにおびえて意見できないんだよ。ほんと……どうしたらいいんだか。
アドバイスとしては、「反対意見は気にせず、多少強引でもとにかく導入してしまう」ですね。
絹川
お医者さん
……いや、あのね、それができるなら私はこんな風に悩まないでしょ? 実際問題、それでそのベテランスタッフにへそ曲げられて辞められでもしたら、毎日の業務が回らないんだよ。
仰っていることはわかります。ただ先生、冷静に考えると、スタッフのために先生がやりたいことを我慢するって、なんだかおかしくないですか?
絹川
お医者さん
え? おかしいって、何が?
だって、先生は自分のやりたいことを実現するために病院を作ったんですよね。で、そのやりたいことの実現のために、協力者としてスタッフを雇う。
絹川
しかし、現状はこれが逆になっている。スタッフは先生に協力するどころか、意見に反対して先生の行動を制限してしまっている。つまり、スタッフを雇うことで先生のやりたいことの実現が遠ざかっている。本末転倒ですよ。
絹川
お医者さん
いや……まあ、言いたいことはわかるよ。でも、現実はそう単純じゃない。いまこの業界がどれだけ人手不足か知らないわけじゃないだろう? 辞めたスタッフの穴を埋めるのは簡単じゃないんだ。
先生、そこは意識の転換が必要です。「スタッフが辞めてしまったらどうしよう」ではなく、「辞めないスタッフをどうやって見つけるか」なんです。
絹川
お医者さん
辞めないスタッフ? そんなのどうやって見つけるんだ?
一言で言えば、「ビジョンの提示」です。先生がどんな考えを持っていて、どんな医療を提供したいのか、それをどんな方法で実現するのか。そういったことを明確化し、ビジョンとして伝えていく。そうすることで、自然と共感度の高い人材が集まってくる、ということです。
絹川
お医者さん
う〜ん、そんなにうまくいくかな?
もちろん、1日2日で実現できるものではないでしょう。しかし、ビジョンを提示しないままでは、今の状況はこの先も変わりません。先生はずっとスタッフに気を遣い、やりたいことがいつまでたっても実現できない。
絹川
今回のクラウドカルテの件、多少強引でも導入した方がいいと言ったのは、その行動自体がある種の「ビジョンの提示」になるからです。「私はこんなことを実現したいんだ」ということの、意思表明になるわけです。
絹川
お医者さん
なるほど……つまり、それで仮に離れていくスタッフがいても、その人はもともと私のビジョンに共感する人ではなかった、ということか。
仰るとおりです。短期的に見れば多少人数は減るかもしれませんが、ビジョンの提示、意思表明を重ねていくことで、先生の周りには少しずつ本当の協力者が集まっていくでしょう。長期的に見れば、その方が絶対に強い組織が作れます。
絹川
お医者さん
組織には共通の旗印が必要ってことか…。確かにその通りだな。スタッフに辞められることを恐れて、私自身が自分のビジョンを見失いかけていたのかもしれない。
変化の激しい大変な時代なので、自分ですらビジョンを見失いますよね。だからこそビジョンを明確化することが重要なんです。
絹川
お医者さん
よし、ちょっとあらためて自分のビジョンについて考えてみるよ。いい気づきをくれてありがとう。
医療エンジニアとして多くの病院に関わり、お医者さんのなやみを聞きまくってきた絹川裕康によるコラム。
著者:ドクターアバター 絹川 裕康
株式会社ザイデフロス代表取締役。電子カルテ導入のスペシャリストとして、大規模総合病院から個人クリニックまでを幅広く担当。エンジニアには珍しく大の「お喋り好き」で、いつの間にかお医者さんの相談相手になってしまう。2020年、なやめるお医者さんたちを”分身”としてサポートする「ドクターアバター」としての活動をスタート。