このコラムについて
「担当者は売り上げや組織の変革より、社内での自分の評価を最も気にしている」「夜の世界では、配慮と遠慮の絶妙なバランスが必要」「本音でぶつかる義理と人情の営業スタイルだけでは絶対に通用しない」
設立5年にして大手企業向け研修を多数手がけるたかまり株式会社。中小企業出身者をはじめフリーランスのネットワークで構成される同社は、いかにして大手のフトコロに飛び込み、ココロをつかんでいったのか。代表の高松秀樹が、大手企業とつきあう作法を具体的なエピソードを通して伝授します。
本日のお作法/「俺が社長になったら、、」のその後
某大手さんに「新社長」が誕生しました。
同社の歴史において、若くして社長に就任された、その方のお名前を聞いて、「やっぱり!」「本当になったんだ!?」「これからが楽しみ!!」と、喜びや驚きの声が多く聞こえています。
タカマツが同社とお付き合いをさせていただいたのは、20年近く前のこと。この会社が決して順風とは言えなかった頃でした。
Kさんは、経営企画のマネジャーでした。
「俺が社長になって、この会社を変えてみせるから」
当時は業界全体が曲がり角に差しかかっていた時代。インバウンド需要の変化、IT化の波、そして働き方の転換点。
そんななか、若手・中堅の「有望な人材」が次々と会社を離れはじめていました。。
「将来が見えない、、」「頑張っても報われる気がしない。。」「外にはもっとチャンスがあるはずだ、、」
そんな想いを抱えた後輩たちが、Kさんのもとに次々と相談を持ちかけていました。
関西の名門大学出身でラグビー部では主将も務めた方。
面倒見がよく、誰にでも腹を割って話す「兄貴分」のような存在。
そんな彼が言った言葉は、今も語り継がれています。
「俺が社長になって、この会社を変えてみせる」「だから、もうちょっとだけ、一緒にやってくれへんか」
その言葉に、多くの人たちが支えられていましたが、正直、全員が残ったわけではありません。
「マネジャーだったら、どの会社に行っても通用しますよ。Kさんも早く辞めた方がいいですよ」
そう言って旅立っていった後輩もたくさんいらっしゃいました。。
ですが、その言葉に支えられて、「もう少しだけやってみよう」と踏みとどまった人たちも、確かにいた。
そして、およそ20年後。
時は流れ、その兄貴分が、本当に社長になったのです。
会社は今、「若返りと変革」を掲げ、新たなチャレンジに乗り出しています。
「あのときの後輩」が幹部として参画している姿も目の当たりにしています。
かつて交わした「言葉だけの約束」が、20年後の「組織の意思」として動き出しているのです。
「俺が社長になったら」と言った人が、本当に社長になったとき。それは、かつての約束が果たされる瞬間ではなく、その約束が「組織の未来として動き出す」新たな始まりなのでしょうね。