第31回「ドバイは福利厚生が充実しているそうですが、なぜそこまで国民を大事にするのですか?」

日本人は中東を「イスラム教の国々」と一括りにしてしまいがち。でも中国・北朝鮮・日本がまったく違う価値観で成り立っているように、中東の国だって様々です。このコンテンツではアラブ首長国連邦(ドバイ)・サウジアラビア・パキスタンという、似て非なる中東の3国でビジネスを行ってきた大西啓介が、ここにしかない「小さなブルーオーシャン」を紹介します。

  質問  
「ドバイは福利厚生が充実しているそうですが、なぜそこまで国民を大事にするのですか?」

   回答   

理由として大きく分けると、2つの見方が考えられます。以下私見です。

一つは、今の政治体制を維持するためという観点です。ドバイの統治体制は専制君主制で、民主主義ではなく政党も存在しません。これに不満を持ち、民主化を進めたいという勢力が活性化するのを抑え込むためという理由です。簡単に言ってしまえば、「首長が全部決めるけど、お金を出すから口は出さないでね」ということです。

もう一つは、地域の伝統的価値観に由来するという見方です。
ドバイは今でこそ高層ビルの立ち並ぶ超近代都市になっていますが、もともとは遊牧民たちが暮らす砂漠でした。そこには今も、部族社会の秩序がルーツとして存在します。
少ない水資源を有効に使い、砂漠の厳しい環境を生き抜くため、遊牧民は家族でまとまって生活を営む必要がありました。そこでは、父親が家長として様々なことに責任を負います。
家族一人ひとりを気にかけ、すべての物事を自分の目で見て回る。寛大で、誰でも分け隔てなく接する。名誉と信用を重視し、来客があれば明るくもてなす。いつも落ち着いた声で話し、人を惹きつけるビジョンを持って全員を率いていく。理想とされるのはこういう人物像で、これを行うのは非常に大変ですが、その代わりにその権限は強力なものとなります。
家族単位なら家長、親類を含めて複数の家族をまとめれば部族長、首長国を統治するなら首長となります。規模が国単位になっても同じで、大きな一つの家族として見ます。
先代の故ザーイド大統領は「国父」と呼ばれていますが、これは単なる比喩ではなく、文字通り国民が深く敬愛する「家長」だからです。

【ドバイ首長ってどんな人?】

それでは、そんな風に国民から敬愛されるドバイの首長とはどんな人なのでしょうか?
ドバイの首長はムハンマド・ビン・ラーシド・アル・マクトゥームと言い、よくシェイク・ムハンマドと呼ばれます。


(↑ドバイ首長のシェイク・ムハンマド)
(著作権:State Chancellery of Latvia, CC BY-SA 2.0, ウィキメディア・コモンズ経由で)

首長は、その権限の大きさから「独裁者」と表現されることもあります。専制政治に馴染みのない我々日本人にとっては、権力が一箇所に集中することにネガティブなイメージがあると思います。
しかし、たしかに方針を決めるのは首長ですが、世界中から300人もの優秀なコンサルタントを雇っており、彼らの声を聞いた上で最終的な判断を下しているため、ゴリゴリの独裁者というイメージはありません。
これは聞いた話ですが、彼はSPもつけず自分で車を運転したり、一人で街のレストランに入って食事したりするそうです。そこに居合わせた市民は「あ、シェイク・ムハンマドがいる……一緒に写真撮ってください!」といって写真を撮ってもらうこともあるとか。

いわゆる「独裁者」のイメージとは、かなり隔たりがあるのではないでしょうか?

自己中心的で独善的なリーダーだと最悪ですが、国民から愛され、将来のビジョンを見据えてやるべきことをやっていくリーダーなら、何も問題ないどころか、国にとっては素晴らしいことだと思います。

【変化のスピードが早いのはよいこと】

この体制のいいところは、物事の進むスピードが圧倒的に早いことだと思います。
ドバイが短期間で爆発的に発展したのは、この体制で優れたリーダーシップが発揮されたからだということに疑問を持つ人は少ないでしょう。


(↑ドバイ30年の変化)

ちなみにドバイだけでなくUAEの他の首長国も同じ運営体制です。もっといえばオマーン、クウェート、カタール、バーレーンといった近隣諸国も同様です。
何度か取り上げているサウジアラビアもそうです。CO2ゼロ、車ゼロのスマートシティなど、日本人が聞くと「本当に進むのか?」と驚くようなプロジェクトがありますが、やると決まったら実際に着手されます。

ちなみに前回記事で「首長国によってアルコール規制が異なる」と紹介しましたが、2020年11月から大幅に緩和され、シャルジャ以外の首長国では基本的にライセンスフリーで入手できるようになったようです。古い情報を参照していました、すみません。
また、同じタイミングで、これまでは認められていなかった未婚男女の同棲や、母国の法律に則ったかたちでの離婚や相続を行うことが認められました。

このように、どんどん法律や決まりが変わっていきます。このスピード感はこの体制ならではのもので、同様の政治体制を採用している湾岸アラブ諸国に共通するものだと思います。今のような変化の激しい時代には向いているかもしれません。
ビジネスをやるところで法律がコロコロ変わられては困るという考えもあるとは思いますが、もともと閉鎖的な社会体制でしたから、基本的には規制緩和の方向に進んでいく傾向にあります。
ビジネスをする上ではやりやすい環境へと変わっていくと私は考えています。

 

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 この記事を書いた人  

大西 啓介(おおにし けいすけ) 

大阪外国語大学(現・大阪大学)卒業。在学中はスペイン語専攻。
サウジアラビアやパキスタンといった、どちらかと言えばイスラム感の濃い地域への出張が多い。
ビビりながらイスラム圏ビジネスの世界に足を踏み入れるも、現地の人間と文化の面白さにすっかりやられてしまった。
海外進出を考える企業へは、現地コネクションを用いた一次情報の獲得・提供、および市場参入のアドバイスを行っている。
現在はおもに日本製品の輸出販売を行っているが、そろそろ輸入も本格的に始めたい。大阪在住。

写真はサウジアラビアのカフェにて。

 

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