経営者のための映画講座 第16作目『アイアンマン』

このコラムについて

経営者諸氏、近頃、映画を観ていますか?なになに、忙しくてそれどころじゃない?おやおや、それはいけませんね。ならば、おひとつ、コラムでも。挑戦と挫折、成功と失敗、希望と絶望、金とSEX、友情と裏切り…。映画のなかでいくたびも描かれ、ビジネスの世界にも通ずるテーマを取り上げてご紹介します。著者は、元経営者で、現在は芸術系専門学校にて映像クラスの講師をつとめる映画人。公開は、毎週木曜日21時。夜のひとときを、読むロードショーでお愉しみください。

『アイアンマン』の持続可能な社会貢献。

コミックだった『アイアンマン』が実写映画化されたのは2008年。ロバート・ダウニー・ジュニアが主演した第一作は大ヒットを記録し、シリーズ化されている。特に最新のCGを用いたビジュアルは高く評価され、アカデミー賞の視覚効果賞と音響編集賞も受賞している。

経営者のための映画講座で紹介する映画としては、初めて主人公が経営者の作品である。主人公が努力を重ねて、経営者になるという話は多い。でも、この作品では最初から軍事兵器製造企業の二代目社長であり、お金持ちである。しかも、本人も英才教育を受けた兵器開発の技術者でもある。何不自由のない暮らしをしている。というよりも、好き勝手な生き方で人生を謳歌しているのである。

そんな恵まれた主人公トニーがある日、テロリストからの攻撃を受けてしまう。しかも、自分の会社が作ったミサイルで。一命を取り留めたトニーは、やがて自らを兵器とするパワードスーツを開発し、自らの手でテロリストと闘う決意を固めるのだ。

この映画を見ていて惹かれるのは、まずトニーの人間臭さだろう。天才的な兵器開発者であり大企業の経営者でもあるトニーだが、すでに伝説となっている先代社長である父親にはかなわない。そんな人としての弱さや、すぐに調子に乗ってしまう軽さも持ち合わせながら、正義に目覚めていくところが、とてもわかりやすくて感情移入しやすいのである。そして、究極の兵器を作るかのように、自分自身を改造していく。最初のほうで飛行する力を実装したのにうまく扱えないという場面は、人間味が溢れすぎて笑ってしまうほどだ。

仮面ライダーなら、悪の組織によって改造されてしまうし、ウルトラマンなら異星人として地球を守る。つまり、本人の意思とは違うところで「正義」が発動する。しかし、アイアンマンは違う。自らの意思でアイアンマンとなり、一作目の最後では世界中に「私がアイアンマンだ」と公言するのである。つまり、それは利潤の追求を目指してきた企業の社長が、これからは社会正義のために生きるということを宣言したことになる。こうなると、一度や二度、世の中のために頑張りました、では話にならない。いま世界中が取り組んでいるSDGsと同じく、持続可能な正義であり、社会貢献でなければならないのだ。

そして、トニーがそんな決意を胸に、スーパーヒーローとしても経営者としても生き直そうと考えたラスト。見知らぬ男が現れる。この男は「君だけがヒーローなのではない。もっと広い世界の一員になったんだ」と告げる。その通り、自分のためではなく、みんなのために生きようとしたとき、人は世の中の広さや深さを知るのだ。今あるもので、どれだけの利益が上げられるのか。自分一人でどれだけのことができるのか。ということではなく、やらなければならない課題が目の前に見えてくるのだ。そして、その課題をクリアしてみんなが笑える世の中にするために、何をすればいいのかと言うことを考える。

どちらにしても、コメディタッチで荒唐無稽な話ではある。しかし、名実ともにアイアンマンとなったトニーが、この映画の最後に行き着いた先が、茫漠とした世界を予感させるところが面白い。世の中の経営者たちが長期計画といいながら、今日と今月と半期先の売上にだけ振り回されてしまうのも、心の底で「そんな先のことはわからないよ」と感じているように思えて仕方がない。

著者について

植松 眞人(うえまつ まさと)
兵庫県生まれ。
大阪の映画学校で高林陽一、としおかたかおに師事。
宝塚、京都の撮影所で助監督を数年間。
25歳で広告の世界へ入り、広告制作会社勤務を経て、自ら広告・映像制作会社設立。25年以上に渡って経営に携わる。現在は母校ビジュアルアーツ専門学校で講師。映画監督、CMディレクターなど、多くの映像クリエーターを世に送り出す。
なら国際映画祭・学生部門『NARA-wave』選考委員。

感想・著者への質問はこちらから