経営者のための映画講座 第57作『寝ても覚めても』

このコラムについて

経営者諸氏、近頃、映画を観ていますか?なになに、忙しくてそれどころじゃない?おやおや、それはいけませんね。ならば、おひとつ、コラムでも。挑戦と挫折、成功と失敗、希望と絶望、金とSEX、友情と裏切り…。映画のなかでいくたびも描かれ、ビジネスの世界にも通ずるテーマを取り上げてご紹介します。著者は、元経営者で、現在は芸術系専門学校にて映像クラスの講師をつとめる映画人。公開は、毎週木曜日21時。夜のひとときを、読むロードショーでお愉しみください。

『寝ても覚めても』は寝ても覚めてもなのである。

こんなにストレートな恋愛映画があるのか、と思った。大阪の街を歩いていて、ふいに出会った2人が一瞬にして恋に落ちる。性格など関係ない。一目惚れだ。かたわらで子どもたちが鳴らす爆竹が2人の恋を祝福している。抗うこともできずに、その風景は2人を包み込んでひとつにしていく。

ここまでシンプルな恋の始まりを描いた映画を僕は知らない。そして、ここまで残酷な恋の行方を描いた映画も僕は知らない。やがて、男は姿を消す。そこへ、まったく同じ顔をした男が現れる。そいつと一緒になっても、前の男よりも不幸になることは決まっている。それでも、2人は恋に落ちる。それはそうだろう。同じ顔なんだもの。少しでも違うところがあればいいのだけれど、不幸なことに、もしくは幸せなことに、彼は同じ顔をしている。一目惚れをした男と同じ顔をしていては、好きにならない理由なんてない。

寝ても覚めても、考えることは相手のこと。これ以上、幸せで苦しい恋愛があるだろうか。自分のことなんて投げ出せる、という恋愛の究極の喜びを見せつけられているようだ。

そして、この2人を演じた2人も恋に落ちた。落ちたけれど、男にとってそれは究極の恋ではなく、とても便利な恋だったのかもしれない。寝てる時は寝ている相手のことを考えているけれど、覚めてる時には妻と子どもを考える。それでも、「すべてを投げ出せる」と言ってしまえればよかったのに。

さて、濱口竜介が『ドライブ・マイ・カー』の前に撮り上げたこの作品に、経営者の皆さんは何を思うだろう。いやいや、あなたの恋の遍歴の話ではなく、寝ても覚めてもな感覚の話である。結局は、寝ても覚めても「そのこと」を考えられるかどうかで人生は決まるのだから。

著者について

植松 眞人(うえまつ まさと)
兵庫県生まれ。
大阪の映画学校で高林陽一、としおかたかおに師事。
宝塚、京都の撮影所で助監督を数年間。
25歳で広告の世界へ入り、広告制作会社勤務を経て、自ら広告・映像制作会社設立。25年以上に渡って経営に携わる。現在は母校ビジュアルアーツ専門学校で講師。映画監督、CMディレクターなど、多くの映像クリエーターを世に送り出す。
なら国際映画祭・学生部門『NARA-wave』選考委員。

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