言葉を選ばずにいうと、ゴミとして軽蔑されている、会社の「働かないおじさん」。
彼らがろくに働かない、働こうとしないのは、本人に能力や意欲がないから、だけではありません。むしろ組織が原因です。
会社は収益に最適化したシステムであり、そこには間接部門のように直接収益を生まない役割も存在します。また、個人の任務や仕事ぶりも時間の経過で少しずつ変化していきます。
たとえればクルマと同じです。さまざまな部品で構成されていて、走りながら状態が変わっていきます。
そして、働かないおじさんは耐用期間を過ぎた消耗品のようなものです。日々の運用の果てにたどりついた、いまとなっては不用品です。
だから、なんで会社にこんな人がいるんだろうという疑問は本質ではありません。不用品は最初はそうではなかったからです。
同様に、じゃあなんで働かないんだろうという疑問もまた本質ではありません。
じつは不用品にも人格があり、自分がどのように見られているかを知っています。周囲に白い目で見られることにいい気持ちはしていません。
ただ、大事なことは、直接自分を評価する組織にどう思われているかです。そして、組織が彼らに求めていることは「役に立つこと」ではありません。
先に申しあげたように、会社は収益のためにあります。
収益を生む源泉となるのは、メンバーが起こす変化です。それらは必ずしも成長するだけではないので、試行錯誤や一時的な失敗が避けられません。
いわばエンジンのオーバーホールのように、一度バラバラに分解しないと組み直せない、ちょっとした「破壊」を伴うプロセスです。
そして、知力も体力も感性も劣化した、耐用期間切れと評価したおじさんに、組織は「破壊」を許可していません。変にガチャガチャやられても、未来が期待できないからです。
規模のある大企業ではお金を積んででも行われているように、組織が彼らに求めること、まずは「いなくなってほしい」。
それができれば一番いいが、日本では法律がいろいろあり、無理に追い出すことは難しかったりします。
そのときはせめて、「余計なことはしないでほしい」。
そんな会社の本音をおじさんは忠実に汲み取り、第二希望をきっちり守り、今日もしっかりはたらかないのでした。
















