運動能力が高い人。走るのが早いとか、すごい力持ちだとか、めちゃくちゃ高くジャンプできるとか。かつてそれは生命に直結するスキルだった。食を確保することができる、敵を倒すことができる、素早く生き延びることができる、だから当然異性にも選ばれる。では現代社会においてはどうだろうか。
運動能力がめちゃくちゃ高い人はオリンピアンになったり、プロスポーツ選手として活躍することができる。つまり運動能力で大金を稼ぐことができる。大金を稼げば食うことには困らないし異性にもモテる。では原始時代や戦国時代と同じなのかと言われればかなり違う。大きく異なるポイントは2つだ。
まず食える人間の絶対数が激減した。原始時代なら運動能力を活かす仕事でほとんどの男子は飯が食えただろう。だが現代社会ではほんの一握りの選ばれた人しか飯が食えない。次に能力の活かし方が大きく変化している。かつては運動能力がそのままサバイバル能力として活かされていた。
今はその能力を「見せる」ことで仕事が成立している。どんなに凄い身体能力を持っていたとしても、それをショーとして「見せる場」、そして「見たいという観客」がいなければ身体能力は仕事にならない。つまり同じ能力が時代の移り変わりと共に「違う仕事」として組み替えられてきたということだ。
もちろんこれは運動能力に限った話ではない。暗記力も、計算力も、コミュニケーション力も、クリエイティブ力も、時代の移り変わりとともに扱われ方が変化している。今は小学一年生が教科書ではなくパソコンをランドセルに入れて登校する時代だ。暗記力より情報収集力が優先されるのは当然だろう。
紙の本でなければ学べないことがある。それは事実だと思うが時代の流れを止める理由にはならない。いや時代の流れは誰にも止めることができない。我々にできるのはその流れに上手く乗ること。スキルの活かし方をしっかりと見極めることだ。最も原始的な運動能力でさえ億万長者を生み出せるのである。
どんなマーケットも必ずシュリンクしていく。新しいマーケットが必ず生み出されていく。同じスキルで食っていくことは十分に可能だ。ただしスキルの活かし方を変えなくてはならない。槍ではなくボールを投げる。敵を殺すのではなく観客を魅了する。マーケットが変われば勝つためのルールも激変する。
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