このコラムについて
経営者諸氏、近頃、映画を観ていますか?なになに、忙しくてそれどころじゃない?おやおや、それはいけませんね。ならば、おひとつ、コラムでも。挑戦と挫折、成功と失敗、希望と絶望、金とSEX、友情と裏切り…。映画のなかでいくたびも描かれ、ビジネスの世界にも通ずるテーマを取り上げてご紹介します。著者は、元経営者で、現在は芸術系専門学校にて映像クラスの講師をつとめる映画人。公開は、毎週木曜日21時。夜のひとときを、読むロードショーでお愉しみください。
『ファーゴ』が教えてくれる身の丈。
コーエン兄弟と言えば、映画祭の常連であり、いまや巨匠と言ってもいい存在だ。しかし、そんなコーエン兄弟もヒット作にはなかなか恵まれなかった。そんな中、わかりやすいストーリー展開とドラマチックな悲喜劇で大ヒットしたのが1996年の『ファーゴ』だった。そういえば、この映画で私はフランシス・マクドーマンドに出会ったのだった。
映画の冒頭、「実話をもとにした作品だ」というテロップが入るが、これは嘘で作品はフィクションらしい。でも、その話を聞いた時にみんなが思ったのは「いや、実話なんじゃないの。絶対、こういう奴いるよ」という感想だったに違いない。それほど、このフィクションはありそうな気配を色濃くたたえているのだ。
ストーリーは自動車の営業をしている冴えない男が、借金返済のために妻の狂言誘拐を企むところから始まる。義父がとても裕福なのだ。しかし、この時に手を組んだチンピラがいけなかった。借金させ返せば、丸く収まるはずの狂言誘拐はちょっとしたて違いから殺人事件にまで発展してしまう。計画を立てた本人も、すでに動きはじめた大事件になすすべがない。やがて、それぞれが金のために翻弄され、それぞれが保身のために身を滅ぼしていく。
この映画、登場する人物の誰もがとても「らしい」のである。借金を抱える主人公はそれらしくおどおどしているし、実行犯を頼まれるチンピラたちはそれらしく粗暴で粗野で間が抜けているし、裕福な義父は義父で、それらしくケチな金持ちで尊大である。そんな「らしい」人たちが、それらしく堕ちていく様は見ていてとてもわかりやすい。わかりやすけれど、さすがコーエン兄弟である。最初に計画した気の弱い自動車の営業マンのほんの少しの悪巧みが、次々と玉突き事故のように人を動かし、事件が大きくなっていく様は実に映画的であり、人の面白さと悲しさを見せつける。そして、それぞれの立場に自分が立っていたとしたら、どうするのだろう、と感情移入を試みるのだが、映画の展開が見事すぎて、スクリーンを見つめながら、「ああ、俺も巻き込まれていくんだろうなあ」と肩を落とすのである。
最後に物語をまとめるのは、女性警察署長を演じるフランシス・マクドーマンドである。彼女は事件の犯人であるチンピラを逮捕したあと、パトカーの中で言う。「人生にはお金よりも大切なものがあるのよ」と。私は小さな会社を30年近く経営していたが、最後の方がなかなか思い通りの仕事が出来ずに苦しんだ。その時に、もしこの言葉を投げかけられていたらどう答えただろう。映画の中の犯人のように、なにも答えられず車の中から荒涼とした景色を眺めるしか出来なかったかもしれない。
そう、人生にはお金よりも大切なものがある。この映画は最後の最後に、その答えも示唆してくれる。女性署長が家に帰ると、その夫が「僕の絵が切手の図案に採用されたよ!」と喜びを伝え、出産を控えた彼女と幸せそうにベッドに入るのである。
著者について
植松 眞人(うえまつ まさと)
兵庫県生まれ。
大阪の映画学校で高林陽一、としおかたかおに師事。
宝塚、京都の撮影所で助監督を数年間。
25歳で広告の世界へ入り、広告制作会社勤務を経て、自ら広告・映像制作会社設立。25年以上に渡って経営に携わる。現在は母校ビジュアルアーツ専門学校で講師。映画監督、CMディレクターなど、多くの映像クリエーターを世に送り出す。
なら国際映画祭・学生部門『NARA-wave』選考委員。