経営者のための映画講座 第40作『ラブ・アゲイン』

このコラムについて

経営者諸氏、近頃、映画を観ていますか?なになに、忙しくてそれどころじゃない?おやおや、それはいけませんね。ならば、おひとつ、コラムでも。挑戦と挫折、成功と失敗、希望と絶望、金とSEX、友情と裏切り…。映画のなかでいくたびも描かれ、ビジネスの世界にも通ずるテーマを取り上げてご紹介します。著者は、元経営者で、現在は芸術系専門学校にて映像クラスの講師をつとめる映画人。公開は、毎週木曜日21時。夜のひとときを、読むロードショーでお愉しみください。

『ラブ・アゲイン』に見る嘘のない懸命さの強さ。

2011年に公開されたロマンティック・ラブ・コメディを紹介したい。主人公のキャル(スティーブ・カレル)は冴えない真面目な男。妻(ジュリアン・ムーア)とレストランでディナーを食べている最中に浮気を告白され、離婚の切り出されてしまう。傷心のキャルは一人住まいの部屋を見つけ、別居してそこに移り住む。彼らには子どもが3人いる。長女はすでに独立している弁護士のハンナ(エマ・ストーン)、あとはまだ同居している中学生の長男と小学生の次女だ。

離婚後、長男と次女は妻と一緒に暮らし始め、キャリはたった一人酒浸りの日々を過ごす。毎晩バーに出かけては、周囲に気持ち悪がられながら妻と妻の浮気相手をこき下ろしている。そんな様子を眺めていたジェイコブ(ライアン・ゴズリング)がある日声をかける。「シャキッとして恋をしようぜ」と。ファッション、酒の飲み方、女の口説き方を手取り足取り伝授するジェイコブ。やがてキャルはいっぱしのプレイボーイのように振る舞えるようになっていく。

と、いうことになると冴えない中年男版の『プリティ・ウーマン』のようだが、この映画はそんなラッキーで浮かれたお話でもない。妻は妻で浮気相手と最高にうまく言っている感じでもない。長女のハンナは理想の相手が見つけられずに悩んでいる。中学生の長男は自分たちの子守の少女に恋しているし、子守の少女は真面目なキャルに想いを寄せている。はやい話が恋愛の価値観や方向が交錯しているドタバタコメディでもあるのだが、それだけだと観客の心は動かない。

なぜ、この映画を見ると気持ちが揺れるのだろう。それは、それぞれの想いのピースがうまくはまったり、思わぬ展開を見せたりするだけではなく、それぞれが懸命だからなのだと思う。全力で恋をして、全力で優しいのだ。ジェイコブにしてもただのイケメンなのではなく、全力でイケメンをやっている。キャルは全力でダサい。妻も長女も長男も、そして学校の先生も子守りの少女も、みんなが懸命に生きている感覚が、いろんな場面から立ち上ってる。

だから、展開が多少甘く都合が良くても、観客は彼らに寄り添って見ていられるのだ。そう言えば、ジェイコブがキャルにプレイボーイ指南をする場面だって、本気でキャルのことを考えてスパルタで鍛えていく。そこで吐かれる暴言にキャルは多少は傷つくのだが、めげはしない。だって、その言葉に嘘がないから。

結局は、そこなんだろう。嘘のない賢明さこそが、人を変えていく。合理化とか、効率化とか、それが目標になったら、全部おしまい。だって、人はそんなに金儲けに都合よくできてないんだから。

著者について

植松 眞人(うえまつ まさと)
兵庫県生まれ。
大阪の映画学校で高林陽一、としおかたかおに師事。
宝塚、京都の撮影所で助監督を数年間。
25歳で広告の世界へ入り、広告制作会社勤務を経て、自ら広告・映像制作会社設立。25年以上に渡って経営に携わる。現在は母校ビジュアルアーツ専門学校で講師。映画監督、CMディレクターなど、多くの映像クリエーターを世に送り出す。
なら国際映画祭・学生部門『NARA-wave』選考委員。

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