「日本一高いポスティング代行サービス」を謳う日本ポスティングセンター。依頼が殺到するこのビジネスを作り上げたのは、壮絶な幼少期を過ごし、15歳でママになった中辻麗(なかつじ・うらら)。その実業家ストーリーに安田佳生が迫ります。
第148回 中辻麗が直面した「採用の壁」

え、そうなんですか。それは『コビトベニエ』の方で?

はい。私としては、店舗の人が足りなくて現場がうまく回らないっていう要望があれば「じゃあ新しいスタッフを雇おう」となるんです。でもね、そうやって人を増やしすぎたことで、経費が驚くほど上がってしまって…。

それで結局、本当に申し訳ない話なのですが、去年の年末に「退職勧奨」という形でスタッフに辞めていただいたんです。

仰るとおりです。その方は1年半ぐらい前にパートさんとして採用したんですけど、もともと希望されていた勤務形態通りに働いてもらうことができなくなったんです。それって要はウチの都合で希望を聞けなくなったわけじゃないですか。こんな身勝手なことをするんだから、せめて会社都合での退社にしようと。

そうなんですよね。全て私の実力不足です。実は私、『ペイント王』の社外取締役をやらせてもらっていますけど、そちらでは試算表の数字だけ見ていろいろ好き勝手言ってたんです。

そこまでは言ってませんけど(笑)、「ここを改善しないと会社として厳しい状況になりますよ」みたいなことは言っていました。でもそこを乗り越えたペイント王は、今やV字回復して、今期も黒字で決算できそうなんです。

素晴らしいですね。でも自社のことになると、いろいろと迷いが出てしまいました?

私も覚えがあります。昔、会社の業績が悪くなった時に、銀行さんとかから「まず社員を半分解雇しろ」って言われたんです。社員の家族の顔まで知っていたから、なかなか決断できなくて。ズルズルと先延ばしにし続けてしまいましたよ。

安田さんでもそうだったんですね…。というか、ウチの場合は誰も「人を切れ」とは言ってくれなかったんです。銀行さんも会計事務所さんも「中辻さんがそうしたいなら…」みたいな感じで、特に強くは言われなかった。別にそれで誰かを責めているわけじゃないんですけど、なんとなくその時に、「経営者って孤独やな」って思っちゃいました。

ははぁ、深いなぁ…。私、今回は離職票の発行も含めて、最後の手続きまで全部自分でやりました。やっぱりそこまできっちりすることが、自分の責任だと思ったので。
対談している二人
中辻 麗(なかつじ うらら)
株式会社MAMENOKI COMPANY 専務取締役
1989年生まれ、大阪府泉大津市出身。12歳で不良の道を歩み始め、14歳から不登校になり15歳で長女を妊娠、出産。17歳で離婚しシングルマザーになる。2017年、株式会社ペイント王入社。チラシデザイン・広告の知識を活かして広告部門全般のディレクションを担当し、入社半年で広告効果を5倍に。その実績が認められ、2018年に広告(ポスティング)会社 (株)マメノキカンパニー設立に伴い専務取締役に就任。現在は【日本イチ高いポスティング代行サービス】のキャッチコピーで日本ポスティングセンターを運営。
安田 佳生(やすだ よしお)
境目研究家
1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。安田佳生事務所、株式会社ブランドファーマーズ・インク(BFI)代表。


















