第43回「合法と違法の境目」

この記事について
税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第43回「合法と違法の境目」

安田

プロスポーツの世界って、メディカルチェックがあるじゃないですか。

久野

肘とか肩とかが壊れてないかどうか、契約する前に調べるやつですね。

安田

普通の会社員も健康診断書とか提出させますけど。血液検査はやっちゃいけないとか、いろいろ決まりがありますよね。

久野

メディカルチェックはちょっとマズいです。

安田

なぜスポーツの世界ではOKなんですか?

久野

あれは雇用契約ではないので。

安田

どういう契約なんですか?プロって。

久野

プロ野球選手とかは業務委託契約なんですよ。仕事に対しての対価だから契約内容は自由です。

安田

メディカルチェックもありだと。

久野

ありの契約にしてるってことですね。

安田

なるほど。でも一般的な雇用ではダメなんですよね?

久野

たとえば「体のサイズを測ってこい」とか、そういう「権限の範囲を超えたもの」「雇用者が不利益になりそうなもの」は、労働基準法のルールの中で出さなくていいことになってます。

安田

じゃあ業務委託契約だったら許されるってことですか?

久野

ケースによりますけど。

安田

前に伺ったお話では「出勤時間とかを自分の裁量で決めれないのは雇用契約である」って感じでしたよね。

久野

そうです。時間的な拘束をすると雇用契約だと見なされます。

安田

だったらプロ野球の2軍選手なんて、住む場所から練習メニューから何もかも決められてますよ。あれは雇用じゃないんですか?

久野

業務委託契約ですね。

安田

練習が終わった後の時間まで管理されて、それで野球うまくならなかったら「はい、解雇です」みたいな。

久野

解雇じゃないですけどね。厳密には。

安田

まあ雇ってませんからね。でも、なんでスポーツだけあんなことが許されるんですか。

久野

やっぱり好きでやってるから。それだけの魅力があるんじゃないですか。AKBとかも同じですよね。

安田

AKBもそうなんですか!あれも雇用契約じゃないんですか。

久野

業務委託でしょうね。

安田

だからあんなに安いんですか。朝から晩まで働いて2万円とか。

久野

へたしたらレッスン料払わされてますからね。めちゃくちゃ練習させられて「下手くそだからクビ」みたいな。

安田

地下アイドルとかが、たまにニュースになってますよね。もう本当にいいように使われてる感じで。

久野

そうですね。すごい中間搾取されてる。夢を叶えたいっていうのがもう大前提になってますね。

安田

じゃあ、それがあればオッケーってことですか?どうしても三井物産に入りたいとか。どうしてもソニーに入りたいとか。それが夢なんですって。

久野

いや、それはダメですね。

安田

何が違うんですか?だって「2軍施設で修行してこい」みたいな業務命令じゃないですか。

久野

「ヒット曲当てたら採用してやる」みたいな。

安田

そうですよ。駄目でしょ?これ。

久野

業務委託だから本当は、指揮命令権はないと思うんですけど。AKBとか。

安田

いやいや、ものすごい業務命令してますよ。

久野

してそうですね。

安田

まだ高プロとかだったら年収が決まってるじゃないですか。1000万円以上とか。

久野

1075万円以上ですね。

安田

地下アイドルなんて多分、最低賃金を下回ってますよ。

久野

それだけでは生活できないでしょうね。

安田

絶対無理ですよ。なぜそんなのが許されるんですか?「そもそも自分が好きでやってんだろ」ってことなんですか。

久野

それが大前提でしょうね。「嫌なら辞めてってくれ」って言えるから成り立ってる。

安田

そんなの人気企業でも言えるじゃないですか。たとえば電通とか博報堂とかだったら「入りたいんだったら業務委託契約の2軍からだよ」って言えちゃう。

久野

確かに。

安田

保障は0だよ、みたいな。

久野

それをやったら大問題になると思います。

安田

そこは既得権益みたいなもんですか。スポーツとか芸能の世界の。

久野

吉本も似たようなところがありますもんね。

安田

吉本だって「契約書すら交わしてない」って、問題になったじゃないですか。

久野

でも結局「本人が希望するんだったらOK」ということになりましたね。

安田

やっぱりお笑いや芸能やスポーツって、まだまだ聖域なんですか。

久野

そうですね。でも、だいぶ聖域は少なくなってきてると思いますよ。たとえば新聞記者とかも昔は残業させ放題でしたから。

安田

労基署とかは入らないんですか?

久野

今はどんどんそういうところにも入ってます。コンビニも「実は雇用なんじゃなか」って叩かれてますし。

安田

美容室とかは今でもありそうですよね。まだ一人前じゃないんだから、給料なんて最低賃金より下でいいんだみたいな。

久野

そういうのも、もう通用しなくなってきてます。

安田

寿司屋の職人とかもダメですもんね。

久野

はい。私たちみたいな士業もそうですけど、どんどん聖域が減ってます。

安田

ってことは最終的には、地下アイドルとかお笑いとかまでいくんですかね。

久野

あの世界はちょっと特殊ですから。成功したときの稼ぎも桁外れだし、社会的な地位も得られるし。

安田

今アメリカではマイナーリーグの選手が「もっと給料払え」みたいなこと言って話題になってますけど。日本ではならないんですかね。

久野

「絶対自分は1軍には上がれない」って思い始めたら、そういう話にもなってきますよね。

安田

じゃあ、訴えられたら負ける可能性はあると?

久野

あるでしょうね。

安田

逆に言えば、訴えられないから成り立ってるわけですよね。

久野

そうですね。

安田

たとえば超一流の有名店で「ここの肩書を使って将来は自分で店をやるぞ」って人だったら、絶対訴えないと思うんですけど。

久野

「当事者間では有効な契約」って結構あるんですよ。

安田

たとえばカリスマ美容師の弟子になりたいって人が、最低賃金よりも安かったとして「本人が納得してるんだったらオッケー」ってことですか。

久野

当事者間の契約では有効かもしれないですね。ただし法律上はアウトですよ、もちろん。

安田

その場合はどうなるんですか。法律上アウトで、だけど本人は訴えてないって場合。

久野

極めて揉めるケースが少ないってだけの話ですね。

安田

なるほど。だけど違法だと。

久野

はい。

安田

じゃあ万が一訴えられたら負ける?

久野

負けるでしょうね。


久野勝也
(くの まさや)
社会保険労務士法人とうかい 代表
人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。
事務所HP https://www.tokai-sr.jp/

 

安田佳生
(やすだ よしお)
1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

 

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