第225回 マンモスを捕獲せよ

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第225回「マンモスを捕獲せよ」


安田

大手企業でリスキリング(Re-skilling)が流行ってます。「もう一度学び直そう」という取り組み。

久野

これまでの蓄積だけではもう生きていけない時代なので。

安田

会社に言われないと学び直さないんですかね。自分の人生がかかっているのに。

久野

何もしなくても給料上がっていく仕組みでしたから。だからこそ「ジョブ型に変えていこう」という流れなんでしょう。

安田

言われた通りのプログラムを受けたのに「給料が増えない」って問題になっているそうで。どこまで受け身なんだって怖くなるんですけど。

久野

しかもこのニュース「会社が悪い」っていう書き方じゃないですか。

安田

そうなんですよ。言われた通りやったのに収入が下がって「悲惨な会社員人生だ」って書かれてます。自分が悪いとしか思えないんですけど。

久野

それは経営者の理屈なんでしょうね。

安田

言われた通りやったんだから、収入が増えないとおかしいだろうと。

久野

はい。それが社員から見た理屈だと思います。

安田

そもそもリスキリングってどんなことをするんですか。

久野

AIがリスキリングのメニュー作ってくれるそうです。自分の人生プランなので本来は自分で考えなきゃいけないですけど。

安田

入社してからずっと会社の業務命令をこなしてきた人たちなので。いきなり「自分で考えろ」って言われても大変でしょうね。とくに40〜50代は。

久野

でもそのゾーンの給料が一番高いので。報酬にスキルが見合わなくなってるんです。

安田

本人には危機感があまりないんでしょうか。

久野

ない人が多いです。ジョブ型とかリスキリングとか聞いても「またいつもの研修ね」という感じで。

安田

会社の命令だから一応研修は受けてるけど。

久野

狩りに例えると、普通は「マンモスが出る→やっつける→食べる」という順番じゃないですか。

安田

そうですね。

久野

この順番がおかしくなってるんです。研修を受けたから報酬をくれとか。こんな研修を受けてるんだから自分の給与は高いはずだとか。狩る、食べるの順番が逆ですよ。

安田

先に食べますもんね。マンモスを取りに行くからここに集合しなさいって言われて、集合した時点でもう報酬が発生してる。

久野

その順番が日本全体にまん延してる。だから「やる気が出ない」「モチベーションが上がりません」とか言えちゃうんですよ。

安田

やる気が出ないと飢え死にですもんね。本来なら。

久野

そんなこと言ったら「そもそもマンモスに会えませんよ」って話じゃないですか。研修を受けたらお金がもらえるとか、言い始めた時点でもうおかしい。

安田

朝のラジオ体操でも給料が発生する時代ですから。

久野

そうなんですよ。集まって石を研いでるだけで報酬が発生しちゃう。

安田

獲れなかった人が「獲れるまで頑張る」ということができない。残業代が発生しちゃって。

久野

結果的に獲れない人の方がたくさん食べられるってことになる。

安田

経営としてはやってられないですよね。でも社員からすると「それがいい会社」ってことになるんでしょうか。

久野

「マンモスが出てこない方がいい」という感じになってますね(笑)

安田

マンモスなんて出ない方がいいんでしょうね。狩りをするのも大変だし。矢尻を磨いてるだけでご飯を食べれた方がずっといい。

久野

マンモスが出たら怪我をするかもしれないし。

安田

マンモスが倒れそうになっていても定時になったら帰ってしまう。ということが現実的に起こっているわけですね。

久野

日本にまん延してますね、それが。

安田

マンモスが獲れなくてもクビにはならないし。

久野

普通だったら飢え死にしてますから。

安田

もはやビジネスとして成立してない気がしますけど。成果が出なかった場合には解雇できるようにしないと。

久野

解雇しないまでもマイナス評価は絶対しなきゃいけないです。

安田

そもそも会社に言われてリスキリングする人たちって、思考的に無理がありますよ。自分で考える人じゃないと。

久野

求める結果だけを明示して、足りない分は自分で考える社会にしなきゃいけない。

安田

このまま行ったらどこかで崩壊しますよ。

久野

本人が必要だと思った時に、研修を受けられる環境を作ってあげればいいんです。

安田

でも研修を受けている間も給料は払い続けないといけない。

久野

そうなりますね。

安田

槍を修理している間も給料を払わなきゃいけない。

久野

槍を修理してマンモスを獲ってきてくれたら、会社としてはOKだと思います。問題は槍の修理ばかりして全然マンモスを狩りに行かない人。

安田

何のために槍を修理してるんでしょうね。

久野

私には理解できないですけど、よくある話なんです。

安田

大企業は社内留保がすごいじゃないですか。社員から言わせると「狩なんてしなくても食べるものはたくさんあるだろ」って感じかも。

久野

そうですね。昔みたいな愛社精神はかなり薄れているので。

安田

給料分は働くけど「それ以上はやらない」というふうに割り切ってますよ。

久野

会社側にも責任はあると思います。

安田

若い頃に頑張って40〜50代が夢のようだと思っていたら、リストラが始まるし。リスキリングとか言われるし。「先に裏切ったのは会社だ」という心境でしょうか。

久野

会社だけじゃなく国への信頼も薄いです。税金や社会保険料も高いし、頑張らない方がコスパがよくなっていく。

安田

稼いだら稼いだ分だけ社保と税金が高くなっていくし。

久野

そういうことも影響していると思います。ただ、どこかで巻き直さないと、日本全体がそのまま沈んでいっちゃう。

安田

巻き直せますかね。せめて「自分の力でなんとかしよう」という国民じゃないと。

久野

みんな受け身になってますからね。

安田

出来るだけ楽で安定した職場がいいって、多くの日本人は思ってますよ。そこを目指して一生懸命勉強してるわけですから。

久野

根本の問題ですね。やっぱり教育を変えていかないと。

安田

最後はそこに行き着きますよね。

久野

はい。子どもの頃にマンモスの話をちゃん理解させなきゃいけない。

安田

会社に行ってタイムカードを押すことが仕事ではなく、マンモスを獲るのが仕事なんだと。

久野

そうです。準備だけしてもご飯は食べられない。

安田

自分でマンモスを獲れるようになったら、日本経済は復活しますか。

久野

いや。たぶん狩りができる人はマンモス獲りに海外に行っちゃうと思う。

安田

日本には誰も残らない?

久野

タイムカードを押す受け身の人だけが日本に残る。

安田

恐ろしい未来ですね。

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久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

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