7年前に採用ビジネスやめた安田佳生と、今年に入って採用ビジネスをやめた石塚毅による対談。なぜ二人は採用ビジネスにサヨナラしたのか。今後、採用ビジネスはどのように変化していくのか。採用を離れた人間だけが語れる、採用ビジネスの未来。
第31回「組合が雇用をなくす?」
中小企業には、ベースアップがないって話でしたけど。
はい、そうです。ありません。
でも、定期昇給はあるじゃないですか?
定期昇給はありますね。
素人すぎて、すみません。定期昇給とベースアップの違いを、教えてもらってもいいですか?
定期昇給は要するに賃金制度。「何歳がいくら」とか「昇格するといくら」とかって決まってるわけです。
じゃあ、ベースアップは?
まず、ベースアップっていうのは、労働組合が存在する会社に限られるわけです。
え!そうなんですか?
もちろん。世の中全員ベースなんかアップしませんよ。
なんと!知りませんでした。
定期昇給っていうのは、各会社ごとに決めた賃金制度。安田さんも会社経営されてた時に、たぶん定期昇給させてましたよね。
基準をクリアした人は昇給させてました。昇給する時期も決まってました。それが定期昇給ですか?
そうです。年次だけで上がっていく定期昇給もあります。
年次だけで上がっていくのなら、ベースアップと同じじゃないんですか?
違います。定期昇給は、会社が決めた賃金制度というルールに基づく昇給。
では、ベースアップにはルールがないと?
労働組合が「その賃金制度のベースを上げろ!」と交渉するのがベースアップ。
「賃金制度そのもののベースを上げる」ってことですか?
そうです。賃金カーブに関係なく「基本給をアップさせろ」ってことなんですよ。
だから交渉する「労働組合」がない会社は、ベースアップそのものがない?
その通りです。
なるほど。でも、それでいったら、労働組合がない会社のほうが多いじゃないですか?
おっしゃる通りですよ。
そしたら、労働組合がある会社とない会社の初任給とかに、もっと差が開きそうな気がするんですけど。
初任給に差がつかないのは、他の会社が合わせているからですね。でないと採用できないので。
確かに初任給を決める時って、世の中の平均とか意識しますよね。
でしょ?でも2年目3年目の給料って、他社と比較してました?
いや、してませんね。できる人とできない人で差がありましたけど、比較するのは社内の人間同士でしたね。
社内の規定に達しないと上がらないでしょ?
上がりません。
でも労働組合がある会社では、全員上がっていくわけですよ。
社内の規定に関係なく、頑張った人も頑張らなかった人も、全員上がる?
それがベースアップというものです。
なるほど。ちょっとイメージが湧きませんね。
中小企業さんは、ベースアップなんて関係ないですから。
でもベースアップって年1%とかですよね?
今は1パーセント上げられるかどうかも微妙ですね。ゼロ回答っていうのもありますから。
ですよね。それでもそんなに大きな負担になるんですか?
だって毎年上がるんですよ。人数も多いし。すでに上げてきたベースアップ分だけでも、すごいことになってますよ。
なるほど。初任給に大差がなくても、40〜50代になったらすごい年収になると。
はい。「もう全員抱えるのは無理」って金額になっちゃってますね。
過去最高益って会社もあるみたいですけど。
それでもベースは上げたくないでしょうね。この先、何が起こるかわからないので、手元に流動性の高い資金を残しておきたい。
そう言えばトヨタは「もうベアの金額を発表しない」ってニュースになってました。
そうみたいですね。
他社の基準には、なりたくないってことですかね?
考えられる理由は2つしかありません。
ふたつ?
はい。まず、ベースアップをやめようとしている、ということ。
発表したら揉めそうですもんね。
もうひとつは、ベースアップが凄すぎて発表できない、ということ。
なぜ凄すぎると発表できないんですか?
だって収集つかなくなるじゃないですか。「トヨタは5%も上げているのに他はどうなってるんだ!」とか「トヨタだけが儲けすぎだ!」とか。
なるほど。どっちに転んでも、発表していいことはないと。
はい。
でも、どっちなんでしょうね。上がってそうな気もしますけど。
いずれにしても、この先ずっとは無理ですよ。たとえ今回上がってたとしても。
上げ続けたら会社がもたない?
そういうことです。
きっと最後は組合も社員も条件を飲むんでしょうね。だって会社がつぶれちゃったら、しょうがないわけですから。
いや、そうとは限りませんね。
潰れても譲らないってことですか?
六本木に全日本海員組合っていう、船乗りさんの組合があるんですけど。
船乗りさんの組合?
はい。めちゃくちゃ強い組合で、商船三井とか日本郵船のような船会社に対して、徹底的に闘った歴史があるんですよ。
船乗りさんの待遇を良くするための闘いってことですよね?
はい。たとえば、マラッカ海峡通過手当とか、赤道通過手当とか。
通るだけで、手当が出るんですか?
しかも、すごい額が。休日出勤の報酬なんかもすごい。
働く人にとっては、いいことですよね。
でもその結果、船長含めて乗組員の賃金が、世界一高くなっちゃったんです。
それで、どうなったんですか?
価格競争で海外の海運会社に勝てなくなって、雇用がなくなっちゃったんですよ。
なんと!
労働組合闘争を激烈にやった結果、雇用を失ったという典型的な事例です。
でも、普通に考えたら、そうなっていきますよね。
雇用とは違いますけど、米価の値上げとかも同じですよ。
コメですか?
農協が「ぜったいに平均米価勝ち取るぞ!」とかってやってるじゃないですか。あれも同じですよ。
なるほど。労働組合と同じだと。
あんなことばっかりやるから、日本の農業はどんどん弱くなっていく。
生産性の向上というのは、単に給料を上げることではないですもんね。
だから、「そろそろやめようよ」っていう話は、出てきてしかるべきなんです。
そうですよね。
前回も言いましたけど、ベースアップに代わる落とし所って、ベーシックインカムしかないと思いますよ。
じゃあ、大企業はベーシックインカム推進派ですか?
間違いなく、政府に働きかけているでしょうね。
それに乗じて、ベースアップは終了する?
僕はそう睨んでます。だってそんな絶好のチャンスないですもん。
石塚毅
(いしづか たけし)
1970年生まれ、新潟県出身。前職のリクルート時代は2008年度の年間MVP受賞をはじめ表彰多数。キャリア21年。
のべ6,000社2万件以上の求人担当実績を持つ求人のプロフェッショナル。
安田佳生
(やすだ よしお)
1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。