第68回 「ほんの少しの驚き」が売れる味をつくる

この対談について

地元国立大学を卒業後、父から引き継いだのは演歌が流れ日本人形が飾られたケーキ屋。そんなお店をいったいどのようにしてメディア取材の殺到する人気店へと変貌させたのかーー。株式会社モンテドールの代表取締役兼オーナーパティシエ・スギタマサユキさんの半生とお菓子作りにかける情熱を、安田佳生が深掘りします。

第68回 「ほんの少しの驚き」が売れる味をつくる

安田

味覚センスって、やっぱり天性のものなんですかね。私自身、食べるのは好きだし、料理も嫌いじゃないんですが、どうにもセンスがないと感じてしまって。


スギタ

そうなんですね。でも安田さんって結構こだわって料理されるイメージがありますけど。

安田

でもレシピがないと作れないし、ちょっとアレンジしようものなら、ことごとくまずくなるんです(笑)。組み合わせの想像力が絶望的にないんですよ。


スギタ

ああ、なるほど。確かに足し算で味が良くなる人と、逆にバランス崩れる人がいますもんね。

安田

まさにそれです。食べてみて「どっちが美味しいか」「どっちが自分の好みか」はわかるけど、自分で作るとなると無理なんです。センスがいい人って、オーソドックスなメニューにちょっと何か足すのがすごく上手じゃないですか。


スギタ

確かにスタッフが商品開発する時にも、センスの有無は感じるかもしれません。僕なんかは「ちょっと面白い味がするな」っていうところに惹かれるんです。普通に美味しいだけだとなんか物足りないというか。

安田

わかる気がします。家庭なら普通に美味しいだけで十分なんしょうけどね。商品にするならもう一歩個性が求められると。


スギタ

そうそう。商売においては「普通」は褒め言葉にならないんですよね。むしろ「何これ?」っていう驚きこそが重要で。試作を重ねるごとに、ちゃんと驚きが出てくると、センスがいいなと思います。

安田

なるほど。でもこだわりすぎると、今度はやりすぎになる。「これはもう原型と違うだろ」ってパターンもあるじゃないですか(笑)。


スギタ

あ~、ありますね(笑)。工夫しているのは伝わるけど、素材の味が全然わからなくなってしまっていたりして、それじゃ本末転倒だろうと(笑)。

安田

笑。それにしてもプロの料理って難しいですよね。やりすぎてもダメ、やらなさすぎてもダメ。ちょうどいい「驚きの加減」がいるわけで。


スギタ

そうですねぇ。例えば今はスパイスやハーブがトレンドですけど、それも一巡して飽きられつつある。山椒をジェラートやムースに合わせてみたり、フレンチに柚子を合わせるみたいな手法も、今じゃもう驚きの対象じゃなくなってしまいましたから。

安田

は〜、なるほどなぁ。でも新しすぎてもお客さんがついてこられないですし、先に行きすぎてもダメですもんね。


スギタ

そのバランスが一番難しいところなんです。例えば僕らの店フィナンシェってすごく人気なんですね。でも何かを変えればもっと美味しくなるはずだと思って、今いろんなケーキ屋さんのフィナンシェと食べ比べてるんです。でもまだいいアイデアが浮かばなくて。

安田

へぇ、そうなんですね。でもフィナンシェってもう完成されてますよね。そんなに工夫の幅がない気もしますけど。


スギタ

それが食べ比べてみると、「こんなに違うのか!」ってなるんですよ。社員総出で点数を付けたりして研究しているんですけど、なかなか奥深い世界でして。

安田

なるほどなぁ。ちなみに普段もやっぱり同業のお店からヒントを得ることが多いんですか?

スギタ

そういう意味では、ケーキ屋より小さなビストロとかの方が攻めたデザートを出してたりするんですよね。だからむしろ刺激を受ける。温かいものと冷たいものを組み合わせたり、ケーキ屋では表現しにくいことをやってるので。

安田

ああ、確かにシェフの腕で成り立ってるようなお店の方が、個性が際立ってますもんね。チェーンと違って1店舗勝負の店は特に。


スギタ

そうですね。僕が修業していた『ダニエル』も、シェフが本当に天才的でした。お客さんもスタッフもそれに惹かれて集まってくるという感じで。

安田

なるほどなるほど。ちなみにスギタさんご自身はビストロをやりたいとは思わないんですか?

スギタ

やりたい気持ちはありますよ。今でも料理は好きだし、間借りとかで週に1日だけの限定営業とか、実験的にやってみても面白そう。

安田

ああ、いいですね。その店でしか食べられない究極の一品というか、看板商品のようなものができたら良さそうです。新橋の焼き鳥屋にもあるんですよ。焼き鳥は普通なんですけど、鶏皮ポン酢だけが異常に美味いという。真似しようとしたけど、全然再現できなくて(笑)。

スギタ

へぇ! 鶏皮ポン酢一本勝負って、すごいですね。そういえば以前、茶碗蒸しがめちゃくちゃ美味しいお店にも行きましたね。なんてことないように見えて、実はすごく美味しいと聞くと、すごく気になります。

安田

スギタさんだったらどんな料理を作るんでしょうね。鶏もさばけるそうですし、焼き鳥屋もいいかもしれませんよ。

 


対談している二人

スギタ マサユキ
株式会社モンテドール 代表取締役

1979年生まれ、広島県広島市出身。幼少期より「家業である洋菓子店を継ぐ!」と豪語していたが、一転して大学に進学することを決意。その後再び継ぐことを決め修行から戻って来るも、先代のケーキ屋を壊して新しくケーキ屋をつくってしまう。株式会社モンテドール代表取締役。現在は広島県広島市にて、洋菓子店「Harvest time 」、パン屋「sugita bakery」の二店舗を展開。オーナーパティシエとして、日々の製造や商品開発に奮闘中。

 


安田 佳生(やすだ よしお)
境目研究家

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1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。安田佳生事務所、株式会社ブランドファーマーズ・インク(BFI)代表。

 


 

 

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