第84回 「雇う側」と「雇われる側」の壁を越える唯一の方法

この対談について

地元国立大学を卒業後、父から引き継いだのは演歌が流れ日本人形が飾られたケーキ屋。そんなお店をいったいどのようにしてメディア取材の殺到する人気店へと変貌させたのかーー。株式会社モンテドールの代表取締役兼オーナーパティシエ・スギタマサユキさんの半生とお菓子作りにかける情熱を、安田佳生が深掘りします。

第84回 「雇う側」と「雇われる側」の壁を越える唯一の方法

安田

最近、「雇う側と雇われる側の間にある意識の壁は、決して越えられないのではないか」という結論に達しつつあるんです。研修などで「経営者意識を持とう」と教えることは多いですが、本当の意味でその感覚を身につけるのは、ほぼ不可能ではないかと感じていて。


スギタ

極めて難しい、と僕も思いますね。県と一緒に中小企業向けの研修プログラムを作ることがあるんですが、まさにその「経営者マインドをどう育てるか」がテーマなんです。でも実際にやってみると、その難しさを痛感します。

安田

ああ、やっぱり。具体的には、どういった点で難しさを感じます?


スギタ

例えばある企業の事例が書かれたケースを読んで、自分が経営者だったらどう意思決定するかを考えてもらう、というプログラムがあるんです。でも参加者の多くは経営者の立場になりきれず、「この経営者のここがダメだ」という客観的な批判に終始してしまうことが多いんです。

安田

なるほど。当事者としてではなく、あくまで評論家としての視点になってしまうわけですね。


スギタ

ええ。本物の経営者の方々だと「自分ならこうする」という具体的な改善案までたどり着くんですが、そうでない方はそこまではまず至らない。この差は非常に大きいと感じます。端的に言えば「身銭を切る覚悟」みたいなものの有無というか。

安田

まさに仰るとおりですよね。唯一、その壁を越える方法があるとすれば、実際に自分で事業を立ち上げ、自分のお金で誰かに仕事を発注したり、社会保険料を全額自分で払ったりしてみることで。その経験以外に、本質的な視点の転換は望めない気がします。


スギタ

「時間」を売ってお金を得る経験はあっても、「お金」を使って何かを生み出す経験をしている人は少ないですからね。どんなに本を読んで知識を詰め込んでも、その生々しい実感がなければ、本当の意味で経営者の視点を理解することはできないと思います。

安田

「百聞は一見に如かず」ということなんでしょうね。宇宙飛行士が「月から見た地球は、写真で見るのとは全く違う」と語るのに似てる気がします。知識として知っていることと、実際にその場に立って体験することの間には、決して埋められない溝がある。


スギタ

本当にそうですね。運転の仕方を教わるのと実際にハンドルを握るのでは全く違いますもんね。僕らがいくら「経営者マインドを持て」と口で言っても、ほとんど意味がないのかもしれない。

安田

さらにいうと、その視点を持つためには、「経験を味わう時間」が必要なんだと思います。以前もお話した仕込みの時間でも、経営者は給料を払う側で従業員はもらう側とはっきり分かれるわけです。この立場の違いがもたらす感覚の差は、とてつもなく大きいですよ。


スギタ

確かになぁ。ちなみに安田さんは個人が独立して自分の商売を持つことをずっと応援されてるじゃないですか。実際にフリーランスになっても、「雇われ思考」から抜け出せない人もいます?

安田

いますね。フリーランスなのに、「仕事が来ない」「安い案件しか回ってこない」と、会社員のような愚痴を言う人もいます。自分から営業して高単価の仕事を取りにいけばいいだけの話なのに、発想が受け身のままなんです。


スギタ

なるほどなぁ。立場を変えても、意識のスイッチが変わらない人もいるんですね。

安田

そうそう。月に行っても、何も感じない人もいるということです。


スギタ

行かなければ絶対に景色は変わりませんが、行っても変わらないパターンもあると。

安田

ええ。ただ複雑なのはね、経営者側も「従業員に経営者マインドなんて持ってほしくない」と思っているフシがあるんです。全員が独立してしまったら、会社が成り立ちませんからね(笑)。会社に依存してくれた方が、経営としては楽なわけです。

スギタ

確かに。言われたことをきちんとやってくれる人材も、組織には絶対に必要ですからね。ある意味、お互い様なのかもしれません。

安田

そうなんです。ただやっぱりこれからの時代は、誰もが一度は経営を体験してみるべきだと思うんですよ。


スギタ

同感です。うちの娘も「会社を作ってみたい」と言っているんですが、小さい頃から「株式会社は便利な道具だぞ」と刷り込んできた甲斐がありました(笑)。そのために親として何ができるか、日々考えているところです。

安田

それは素晴らしいですね! 会社なんてスマホと同じですよ。使ったことのない大人にとっては難しく感じるかもしれませんが、子どもの頃から触れていれば、便利なツールとして自然に使いこなせるようになる。まずは「会社」という道具を持たせて、使い方を実践で学ばせるのが一番だと思います。

スギタ

なるほど。いつか株式会社をプレゼントする、なんていうのも面白いかもしれませんね。

安田

最高のプレゼントだと思いますよ。昔ポッドキャストに質問をくれた小学生が16歳になって起業した、という嬉しいニュースもありました。そうやって、若い世代が当たり前に経営にチャレンジする世の中になったら、本当に面白いですよね。

 


対談している二人

スギタ マサユキ
株式会社モンテドール 代表取締役

1979年生まれ、広島県広島市出身。幼少期より「家業である洋菓子店を継ぐ!」と豪語していたが、一転して大学に進学することを決意。その後再び継ぐことを決め修行から戻って来るも、先代のケーキ屋を壊して新しくケーキ屋をつくってしまう。株式会社モンテドール代表取締役。現在は広島県広島市にて、洋菓子店「Harvest time 」、パン屋「sugita bakery」の二店舗を展開。オーナーパティシエとして、日々の製造や商品開発に奮闘中。

 


安田 佳生(やすだ よしお)
境目研究家

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1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。安田佳生事務所、株式会社ブランドファーマーズ・インク(BFI)代表。

 


 

 

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