では、寺子屋とは、何の冒険なのか。それは、次世代が学び成長する場づくりへの冒険である。「冒険?」とクエスチョンがつくだろうが、農民が80%の時代である。労働力を手放して学ばせるのは冒険である。そして勉強ができたからといって武士や将軍になれるわけでもない。この冒険のおかげで、識字率が全体で4割、都会では8割あったといわれている。
次世代が学び成長する場づくりはすでに義務教育や塾や大学でやっていると思うだろうが、それは勘違いである。寺子屋では、究極の問いがあった。それは「何のために学ぶのか?」この問いが今の教育には欠落している。育てるのではなく教え授けている行為、つまり教授である。教授はあっても教育がない。大学教授のほとんどが教育をしていないが、それは教育者でないからそれでいいのだ。さあこれで、未開拓の冒険領域を見つけただろう。
経済領域にいる企業が、この新しい冒険領域に足を踏み入れるのは、簡単であるが難しい。「何のために働くのか?」という究極の問いで、学び合う場をつくればいい。場作りは簡単だが、答えに辿りつくまでの道筋を作るのが難しい。「この海を渡れば、必ず島がある。はるか先にかすかに噴煙が見えたからだ」。かすかな噴煙を見て、粗末な船で航海に出た先祖を思えば、これくらい何ともない冒険ではあるだろう。
泉 一也
(株)場活堂 代表取締役。
1973年、兵庫県神戸市生まれ。
京都大学工学部土木工学科卒業。
「現場と実践」 にこだわりを持ち、300社以上の企業コーチングの経験から生み出された、人、組織が潜在的に持つやる気と能力を引き出す実践理論に東洋哲学(儒教、禅)、心理学、コーチング、教育学などを加えて『場活』として提唱。特にクライアントの現場に、『ガチンコ精神』で深く入り込み、人と組織の潜在的な力を引き出しながら組織全体の風土を変化させ、業績向上に導くことにこだわる。
趣味は、国内外の変人を発掘し、図鑑にすること。