第169回「日本劣等改造論(1)」

このコラムについて

日本でビジネスを行う。それは「日本人相手に物やサービスを売る」という事。日本人を知らずして、この国でのビジネスは成功しません。知ってそうで、みんな知らない、日本人のこと。歴史を読み解き、科学を駆使し、日本人とは何か?を私、泉一也が解き明かします。

 ― “世間”というワクチン(前編)―

日本人に感染した劣等ウイルス。このウイルスと共存する道を探し出したい。その指針となる仮説が「日本劣等改造論」。まずは劣等ウイルスへの免疫を高めたい。ウイルスへの抗体を作るために、ワクチンについて話を進めよう。利き腕じゃない方の腕をめくり上げて読んでみてほしい。

(序)で触れたように、劣等ウイルスがパンデミックを起こした時期は「明治」。江戸から明治に変わる時、劣等ウイルスに感染したのだが、そのころを振り返ってみよう。そこにワクチン生成のヒントが隠されているかもしれない。

当時、日本人の中で大きく変わったもの、それは世の中の捉え方。

江戸時代に「社会」はなかった。あったのは「世間」。日本文化は「間(ま)」の文化と言われるが、世の中の間(ま)が世間である。間を語り出すと間延びしてしまうがお付き合いいただこう。

俳句がわかりやすい例。俳句は世界一短い詩。たった5・7・5で情景を想起させる。あのリズムの間(ま)に、書き手と読み手の想像の交流がある。

俳人、長谷川櫂の著書「和の思想」にこうある。フラワーアレンジメントと生け花の違い。前者は花によって空間を埋めようと、花の存在をアピールする。逆に生け花は、花によって空間を生かそうと、花と空間の相互補完を目的にする。こうして空間が主となってそこに補完的にそっと入り込みながら、全体を豊かにするのが間の文化である。他にも水墨画では余白を大切にするし、武道では相手との間(距離とタイミング)が勝敗の分かれ目となる。

日本人が大切にしてきた間。その間を感じながら集団という空間に暮らしをつくってきたのが世間である。

しかし、明治になって西洋の「society」が輸入された。

Societyの訳は社会だが、当初訳語が見つからなかったらしい。この言葉を作ったのは福沢諭吉と言われているが、諭吉は四書五経といった中国の古典にまで訳語を探したが見つからず、自ら造り出した。ちなみに中国もこの和製熟語「社会」を使っている。

文明開化の旗の元、明治になって一挙に「社会」が輸入された。では世間と社会は何が違うのか。そして社会になったことで、日本人は何を得て何を失ったのか。

英語辞典(オックスフォード)でsocietyを調べてみると、こんな表記がされている。

Association with one’s fellow men, esp. in a friendly or intimate manner; companionship or fellowship.

社会とは、仲間(fellow men)と共にする親密なる「association(連合)」。Associationとは目的を持った組織体であるが、それを成立させているのは“契約”。

「社会契約論」という言葉を聞いたことがあるだろう。ジャン=ジャック・ルソー(1712-1778)が説いた国家組織論である。この論は世界初の市民革命であるフランス革命(1789年)に大きな影響を与えた。簡単に言うと、個人は自由意志のある孤立した存在(自然状態)であり、その自由を極めていけば、個々人が約束(契約)を通して互いに協力し、社会ができるという考え方。

そのフランス革命が火種となり、「法の元の平等(約束)」「私有財産(自由経済)」をベースにした資本主義社会へとシフトすることになる。

契約→資本主義社会から、産業革命→帝国主義へと繋がったのはイメージできるだろうか。各国で経済と軍事が飛躍的に成長したことで、資源と市場と労働力を取り合う植民地争奪戦が始まったのだ。ついにその波が極東の日本にまで到達し、市民革命に似て否なる維新が起こる。

そして、世間が社会にガラリと変わることになるのだが、続きは後編にて。

 

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著者情報

泉 一也

(株)場活堂 代表取締役。

1973年、兵庫県神戸市生まれ。
京都大学工学部土木工学科卒業。

「現場と実践」 にこだわりを持ち、300社以上の企業コーチングの経験から生み出された、人、組織が潜在的に持つやる気と能力を引き出す実践理論に東洋哲学(儒教、禅)、心理学、コーチング、教育学などを加えて『場活』として提唱。特にクライアントの現場に、『ガチンコ精神』で深く入り込み、人と組織の潜在的な力を引き出しながら組織全体の風土を変化させ、業績向上に導くことにこだわる。
趣味は、国内外の変人を発掘し、図鑑にすること。

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