これからの採用が学べる小説『HR』:連載第23回(SCENE: 034)【第3話エピローグ】

HR  第3話『息子にラブレターを』執筆:ROU KODAMA

この小説について
広告業界のHR畑(求人事業)で勤務する若き営業マン村本。自分を「やり手」と信じて疑わない彼の葛藤と成長を描く連載小説です。突然言い渡される異動辞令、その行き先「HR特別室」で彼を迎えたのは、個性的過ぎるメンバーたちだった。彼はここで一体何に気付き、何を学ぶのか……。これまでの投稿はコチラをご覧ください。

 


 SCENE:034


 

 

中澤工業からの帰りのタクシー。微かにタバコ臭い車内から、遠ざかっていく古びた社屋を見つめる。そしてその背後に建つ四角い工場。

「室長」

視線はそのままに、言った。

「ん? 何だね」

「……これが、仕事なんですか」

自分がどういう気持ちなのかよくわからなかった。苛立っているようでもあり、諦観に襲われているようでもある。

事務所で婦人が泣きじゃくり、高本に手紙を書くと言った。正直な気持ちを書くから、それを見た上でどうするかを決めてほしいと婦人は言ったのだった。あのときの高本の顔を俺は忘れないだろう。あの大男が、まるで幼い少年のように見えた。

俺たちは結局、そのまま中澤工業を後にすることになった。目を赤くした婦人がタクシーを呼んでくれ、それが到着する10分程度の時間にも、室長は特に仕事に関する話をしなかった。

「さあねえ」

相変わらずの呑気な物言いに、俺は思わずカッとなって室長の方を見た。

「さあねえって……室長、これじゃ俺たち、タダ働きじゃないですか。いや、働きにすらなってない」

「ん? どういうこと?」

「だってそうでしょう。俺たちは何も売っていないし、中澤工業は何も買っていない。内輪揉めを仲裁しただけだ」

そうだ。その「内輪揉め」こそ、中澤工業が俺たちAAに声をかけた理由だった。高本が退職するということで、新人採用のニーズが持ち上がったのだ。その退職がなくなってしまったら、求人のニーズも同時になくなる。しかも今回、室長自らそのニーズを潰しにかかった。言わば、自ら利益を捨てたようなものなのだ。

「これでもし……もし高本さんの退職がなくなったら、中澤工業は求人を出す理由がなくなる。そしたら俺たちの仕事もなくなってしまいます」

「うん、そうだね」

そうだねって……。思わず大きなため息をついた。何をどう言えばいいのかわからず黙っていると、室長が言った。

「で、それのどこが問題なんだい?」

「……は?」

こ、この人は……この人はいったいどこまで本気なのだ?

「どこが問題って……俺たちの仕事は求人広告を売ることなんだから、それがなくなったら大問題じゃないですか!」

俺の剣幕に、老齢の運転手がちらりとこちらを振り返った。

HR特別室という部署が、AAの中でどんな立ち位置なのかは未だによくわからない。だが、室長にしろ保科や高橋にしろ、AAという会社に雇われて給料をもらっている人間であるのは間違いないだろう。そうである以上、会社の利益のために働く義務がある。

「ああ、なるほど。そこが違うのか」

「……違う? どういうことです」

「いや、まあ、別に君の仕事観をどうこう言うつもりはないんだけどさ」

「じゃあ、なんですか」

「いやね。求人広告を売ることが自分の仕事なんて、私は考えたことなんてないなと思っただけだよ」

2件のコメントがあります

  1. こんなに1週間が待ち遠しいのは、若い頃の週刊のマンガ以来!
    人間くさく面接しよー(笑)

  2. コメントありがとうございます!

    >こんなに1週間が待ち遠しいのは、若い頃の週刊のマンガ以来!

    すごく嬉しいですが、実はいま4話が全然進んでいなくて焦ってます(笑)。どうしよ。

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