泉一也の『日本人の取扱説明書』第2回「いい加減の日本人」

 

江戸時代は憲法がなく六法全書のような法体系もほとんどなかった。社会のルールが曖昧なのだ。職人は日中休み時間が多く、計画も管理も詳細な設計図もマニュアルもない。宗教では断食などの禁欲的な戒律がないように、真面目に神を信じないから他宗教と戦争をしないし、外国の宗教をすっと取り入れてしまう。土佐藩ではあまりにも離婚が多く、離婚は7回までなどといった条例を作ったほど。日本地図をつくった伊能忠敬は当時海外の専門家からも驚かれるほどであったが、責任感や使命感でつくったのではなく趣味で作った。だから自費だったのだ。こういった例は枚挙にいとまがない。

そうして、皆が気楽な感じで調和するように、気を上手に使いあって暮らしていた。ここに本来の和があったのだろう。この気楽さが「いい加減」を生み出して、潤滑油となり触媒となり、平和で文化的な共同体をつくっていた。

さて、会社を「一生懸命」の価値で縛ってないだろうか。一生懸命の価値でしばっている会社は「MUST(しなければならない、であらねばならない)」という言葉で人を動かそうとする。そのMUSTをしなかった時にあるのは、怒られ評価が下がるという「不安と恐怖」。つまり不安と恐怖で人を動かす会社になってしまうのだ。職場では社員の呼吸が浅く、笑いが起きない。潤滑油と触媒がないから、ギスギスして反応が悪いのだ。

では、「いい加減」をどのように経営に取り入れるのか。日本人らしいいい加減。それは古典落語によく登場する「与太郎」にヒントがある。与太郎はお金にもお酒にも約束にもいい加減だが愛される存在。いい加減な存在がいるから、周りは安心できるし、笑いが起こる。そしてそんないい加減な与太郎が、ある時本気になったりするから感動が生まれる。誰しもいい加減なところがある。そんな与太郎な部分をオープンにしてお互い可愛く思えるような関係性を作る。いい加減をオープンにできる場とはどこにあるのか。それは、ゲームをしたり食事をしたり旅行をしたり・・非日常の場にある。その遊びの価値を知った時、経営は「一生懸命のMUST」から「お互いを楽しませ合うWant」に変わっていく。潤滑油と触媒に人と知恵とお金を投資することが経営者の仕事でもあるのだ。

 

著者情報

泉 一也

(株)場活堂 代表取締役。

1973年、兵庫県神戸市生まれ。
京都大学工学部土木工学科卒業。

「現場と実践」 にこだわりを持ち、300社以上の企業コーチングの経験から生み出された、人、組織が潜在的に持つやる気と能力を引き出す実践理論に東洋哲学(儒教、禅)、心理学、コーチング、教育学などを加えて『場活』として提唱。特にクライアントの現場に、『ガチンコ精神』で深く入り込み、人と組織の潜在的な力を引き出しながら組織全体の風土を変化させ、業績向上に導くことにこだわる。
趣味は、国内外の変人を発掘し、図鑑にすること。

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