泉一也の『日本人の取扱説明書』第94回「陽転の国」
著者:泉一也
日本でビジネスを行う。それは「日本人相手に物やサービスを売る」という事。日本人を知らずして、この国でのビジネスは成功しません。知ってそうで、みんな知らない、日本人のこと。歴史を読み解き、科学を駆使し、日本人とは何か?を私、泉一也が解き明かします。
江戸末期、市中で起こったブームを知っているだろうか。
民衆が男装や女装などの仮装をし、「ええじゃないか、よいじゃないか」と連呼しながら町々を熱狂的に踊り巡った出来事。明治維新前の大衆運動と言われている。40代以上の関西人は赤福餅のTVアニメCMで「赤福餅はええじゃないか♪」と民衆が踊っているシーンを見たことがあるだろう。ちなみにこの運動の目的は諸説あるので、ウィキペディアを参考にしてほしい。
この運動のきっかけには共通見解がある。それは、寺社のお札が降ることを降札というが、そのお札が降ってくるという噂が広がったことだ。めでたいことがおこる前ぶれと感じた民衆は、陽氣になって街に繰り出し踊り狂った。普通、そんなことで仮装して集団で踊り出すとは考えられないが、時代背景を知ると見えてくる。
幕末は、政治も経済も超不安定だった。欧米列強に侵略されるという不安、倒幕が起こり市中戦火となる不安、景氣が悪くなり生計が得られなくなるという不安、コレラが流行り10万人以上が死んだという命の不安。侵略、内乱、破産、疫病の四面楚歌。
ええじゃないか運動は、そういった不安を吹き飛ばしたいといった民衆の想いが爆発したのだろう。陰極まって陽となったわけだが、今の世界情勢とどこか似ていないだろうか。それはさておき、「ええじゃないか」という連呼された言葉である。「わっしょい、わっしょい」でも「ばんざーい」でもなく、なにゆえに「ええじゃないか」なのだろう。
「ええじゃないか」という言葉が民衆の潜在的な力を引き出す鍵となり、その後の明治以降の活性化につながったと場活師は見ている。言葉の力にはすごいものがあるからだ。聖書にも「はじめに言葉ありき(In the beginning was the Word)」といっているぐらいである。
対義語を考えると意味がくっきり見えてくる。「ええじゃないか」の対義語は「それはダメでしょ」だろう。ダメだしであるが、その逆の意味が「ええじゃないか」である。つまり「全てオッケー♪」という超受容である。
250年も同じ体制で社会(組織)が続くと、「こうあらねばならない」が増える。今までうまくいったからという理由がついて。前例主義というやつだ。さらにミスや失敗や犯罪があると「こうしてはならない」が増える。そうして250年かけて「こうあらねばならぬ」「こうしてはならぬ」が蓄積されて“がんじがらめ”になっていた。何をしても「それはダメでしょ」とダメだしに溢れている中、侵略、内乱、破産、疫病の不安が襲ったわけだ。
陰が極まっていく様子が見えてきただろうか。
『うわぁぁぁ!もうなんでもええわ、全て神様のゆうとおりや!』ぐらいの開き直りである。開き直ると人間はすごい力を生み出す。縛りを全てといてしまうからだ。
ここで大事なのはダメでしょ!のデモでも破壊の暴動でもないということ。楽しくアホになって一緒に踊り狂い、町々を巡るだけなのだ。主張も主義も、目標や施策も何もない。ただ全てを受け入れた場があるだけ。この民衆のエネルギーのベクトルが、次の時代を明るく治めた陽を生み出したに違いない。
今まさに、世界情勢は陰が極まっているわけだが、再び日本から「ええじゃないか」が始まる予感がしているのは、まさか私だけではあるまい。
泉 一也
(株)場活堂 代表取締役。
1973年、兵庫県神戸市生まれ。
京都大学工学部土木工学科卒業。
「現場と実践」 にこだわりを持ち、300社以上の企業コーチングの経験から生み出された、人、組織が潜在的に持つやる気と能力を引き出す実践理論に東洋哲学(儒教、禅)、心理学、コーチング、教育学などを加えて『場活』として提唱。特にクライアントの現場に、『ガチンコ精神』で深く入り込み、人と組織の潜在的な力を引き出しながら組織全体の風土を変化させ、業績向上に導くことにこだわる。
趣味は、国内外の変人を発掘し、図鑑にすること。