第65回「首を絞めているのは誰?」

この記事について
税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第65回「首を絞めているのは誰?」

安田

社長と社員って感覚にかなりズレがありますよね。

久野

はい。現場にいるとめちゃめちゃ感じます。

安田

久野さんよく言いますよね。「社長はやってあげたことをずっと覚えてるけど、社員はやってくれなかったことしか覚えてない」って。

久野

はい。その最たるものが昇給と決算賞与。

安田

なるほど。

久野

「あいつ1万円も上げてやったのに全然感謝してない」とか。

安田

ありそう(笑)

久野

「去年いい思いさせてやったのに、今年は決算賞与が出ないだけで文句言いやがって」とか。

安田

いつの話だってことですよね。社員からしたら。

久野

社員は去年決算賞与もらったことなんて、ほぼ忘れてる。

安田

昇給もそうですよね。喜ぶのはあげた瞬間だけ。

久野

そう。去年3万円上げて今年が3000円だったりすると、2年間で3万3000円上がってるのに「こんだけしか上げてくれなった」ってなる。3万円のことはすっかり忘れてる。

安田

まあ「やってあげたこと」を覚えてるのは、せいぜい1カ月ぐらいですよね。

久野

1ヶ月覚えてくれたら、かなりいい方です。

安田

じゃあ、もって3日ぐらいですか。

久野

最近なんて「ウェブ明細」で送っちゃうから。ほぼ効果ないですよ。

安田

そもそも社長の感覚がズレてるんですかね。給料って頑張ったら上がるのが当たり前なので。

久野

まあそうですね。「俺が上げてやった」みたいなのは驕りなんでしょうね。

安田

決算賞与にしても、儲かったってことは「社員がそれだけ頑張った」ってこと。単なる正当な評価というか。社長がポケットマネーで配ってるわけじゃないので。

久野

でも感謝して欲しいんですよ。

安田

社員を雇用する喜びって7割ぐらいはそこですからね。

久野

昇給や賞与って、社長の唯一の砦みたいな感じなので。

安田

「賞与これだけ出しといたよ」「これだけ昇給しておいたよ」って言われたら「ありがとうございます」ってなりますもんね。

久野

新卒で入ったとき「ボーナスもらったら上司に挨拶に行け」って教えられました。まあ一昔前の話ですけど。

安田

中小企業だったら「社長にお礼言いに行く」とかありましたよ。昔は。

久野

それが当たり前だと思って生きてきたんですけど。今はまったくそんなことない。

安田

ないですよね。もらって当然みたいな。

久野

お礼を言わせること自体があんまプラスにならない。

安田

ですよね。下手したらパワハラで書き込まれちゃう。

久野

じっさい社長が稼いだわけじゃないですからね。

安田

これだけ採用が厳しくても、一旦雇用しちゃったら「俺が面倒見てやってる」と錯覚しがち。

久野

採用するまでは「頼むから入ってくれ」って感じなんですけどね。

安田

なぜ社長は勘違いし始めるんでしょう。

久野

社長って、やっぱそう思いたいんですよ。俺が雇ってやってると。そうじゃないと成立していかない部分もある。

安田

まあ確かに。いつまでも社員にペコペコしてるわけにもいきませんから。

久野

でも従業員は、すごくいろんなことを知るようになってて。

安田

そうなんですよ。社員の方が状況をよく理解してる。

久野

「この仕事がダメだったら人生終り」みたいな人は、もうどこにもいない。じっさいどこででも働けるし。

安田

ですよね。でも社員に偉そうに接する社長は多いですよ。

久野

それは社長の不安の表れだと思います。

安田

なるほど。不安だから偉そうに振舞ってしまうと。

久野

はい。「決めるのは俺だ」って思いたい。

安田

現実逃避ですね。

久野

はい。

安田

「お客さんは別に神様じゃない」という時代になって、会社と社員の関係も対等になりました。30万しか給料払ってないのに「50万分働け」ってのはもう無理がある。

久野

給料を超えた分は社長が感謝しなきゃいけない時代ですよ。

安田

そうですよね。逆に「ありがとうございます」って言わないと。

久野

まあ絶対に無理ですね。頭では分かっても実行に移せない。

安田

「やったら、やっただけ出してやる」って偉そうに言いますもんね。

久野

「やったら」の基準が最初からズレてるんですよ。

安田

「1億利益出したら800万ぐらい払ってやる」みたいな。

久野

「少ないだろう!」ってのが社員の本音。

安田

そりゃそうですよ。昔だったら800万もらえて喜んだでしょうけど。今は稼げる人は転職するか「自分でやろう」ってなっちゃう。

久野

そうですね。

安田

昔は社長だというだけで給料が高くて、ベンツにも乗って、すごくいい思いができた。社員も文句なんて言わなかったし。

久野

ネットとSNSの影響だと思いますよ。社員に実情がバレちゃった。

安田

ですよね。雇用されただけで感謝する社員なんていませんもん。

久野

私も経営者なので、ちょっと寂しくもあります。

安田

でも自分が社員だったら給料以上にはやらないかも。「やって当たり前だろ」みたいに言われたら嫌ですもん。

久野

「将来の魅力」が見せられなくなったから。やっぱそれが大きいと思います。

安田

約束できないですもんね。未来なんて。

久野

あまり言うと怒られるんですけど。運送業界には「雇用の合言葉」というのがありまして。

安田

雇用の合言葉?

久野

「今だけ、金だけ、自分だけ」っていうんですよ。

安田

先のことは考えないと。

久野

はい。未来の昇給よりも今日のお金をくれっていう。そういう業界ってやっぱりあるんです。

安田

ありますね。というか全業界がそうなりつつある。

久野

会社の中での我慢って、要は「将来への貯蓄」みたいなもんじゃないですか。終身雇用だとすれば。

安田

終身雇用だとすればそうですね。

久野

今の我慢が「将来の1億になるかもしれない」と思ってやってきた。でも働く側にはもはやそういう感覚がない。

安田

はい。だから100万の利益に貢献できる人が30万円で働く意味がない。転職したら確実に給料が上がりますから。

久野

100万利益出してくれるなら50万でも安いです。最終的には限りなく利益に近い報酬を払ってくれる会社に流れていく。

安田

ということは、会社が社員から得る利益はどんどん薄くなる。

久野

まさにそうだと思います。

安田

せっかく育てた社員を引き抜かれたら、社長は腹が立つでしょうね。

久野

でも社長も自分で引き抜きやってますからね。「うちならもっと待遇いいぞ」って。

安田

社長同士がお互いに首を絞め合ってるってことですか。

久野

そういうことです。



久野勝也
(くの まさや)
社会保険労務士法人とうかい 代表
人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。
事務所HP https://www.tokai-sr.jp/

 

安田佳生
(やすだ よしお)
1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

 

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