第88回「相撲部屋と労働問題」

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第88回「相撲部屋と労働問題」


安田

力士が脱走した話、知ってます?

久野

場所中に飲みに行ってたやつですか?

安田

違います。女将さんがパワハラしてた話。古い米を食べさせたりとか。

久野

ああ。なんかありましたね。

安田

行動管理がすごく細かくて。スマホを取り上げたり、何から何まで報告させたり。それで部屋の若い衆が耐えられなくて、集団脱走して協会に訴えたんですよ。

久野

女将さんが厳しいから集団脱走って(笑)

安田

そうなんです。で、協会としては「女将さんと親方に厳重注意」しましたと。「そんなブラックな指導はやめなさい」って。

久野

相撲の世界って厳しいイメージですよね。

安田

そうなんです。でも労働問題が「ついに相撲業界にまでおよんだか」って感じ。

久野

どこも同じになっちゃったんでしょうね。高校野球からまず壊れていきましたから。

安田

高校野球から?

久野

公表はされてませんけど。若い子を「寮に閉じ込めて監視して、洗脳する」みたいなのは、もう駄目になっちゃってます。

安田

訓練はいいけど、しごきは駄目みたいな。

久野

はい。

安田

どこからがしごきになるんですかね。法的にはどうなんですか。

久野
難しいです。その境目は。
安田

たとえば古い米を食べさせるのはどうなんですか?力士って食費を払ってるわけでもないので。

久野

あれってどういう仕組みなんでしょうね。

安田

「タニマチさん」という後援会の人たちが、新米を寄付してくれるそうです。それを女将さんと親戚で食べちゃって。弟子には古い米だけ食べさせてたらしいです。

久野

それは法律うんぬん以前に、愛情を感じられないですね(笑)

安田

愛情が感じられたらOKってことですか。

久野

最後はそこじゃないですか。制度の問題じゃない気がする。

安田

雇用形態も微妙ですもんね。

久野

たしか相撲協会から給料が出てるんですよ。どういう雇用形態か分からないですけど。

安田

そうみたいですね。月給制だけど「給料が出るのは十両になってからだ」って聞いたことがあります。

久野

それまでは、ちょっとしか出ないんですか?

安田

それまではゼロです。

久野

ゼロですか!

安田

部屋に住み込んでるので、住むところと食べるものはある。でも収入はゼロ。だから結婚も許可制で十両以上にならないと結婚はできないそうです。

久野

へえ〜。

安田

親方に隠れて結婚する人もいるみたいですよ。でも給料を払ってないということは雇用じゃないですよね?

久野

雇用ではないと思います。

安田

だけど管理はしてますよ。「何時から何時までこれやれ」っていう。

久野

う〜ん。プロ野球の二軍選手と何が違うのか、すごく疑問ですね。

安田

二軍選手は寮に入ってても、ちゃんと給料が出ますもんね。

久野

出ますよね。そう考えると相撲は業界的に無理があります。

安田

「十両まで給料払わない」ってこと自体が、もう駄目になる?

久野

同じ部屋に住まわせてること自体が、もう駄目でしょうね。要は三軍ってことですよね。

安田

五軍ぐらいまであるみたいですよ。

久野

そもそも同じ土俵で練習しちゃ駄目なんですよ。

安田

そうなんですか?

久野

だって一緒じゃないですか。給料もらってる人と。やっぱ労働者性はあると思いますね。一軍、二軍は給料もらってるわけですから。

安田

まあ労働ですよね。ちゃんこも作らされるし。先輩の付き人もやらなくちゃいけないし。てことは、もしも弟子が訴えたら相撲協会が負ける可能性あると?

久野

あるでしょうね。

安田

そしたら相撲業界はどうなるんでしょうか。一応日本の国技なんですけど。

久野
超アンタッチャブルな世界なんでしょうね。
安田

アンタッチャブルといっても、みんな知ってることですよ。

久野

今は弟子入りしてきた坊主が訴える時代ですから。

安田

そんな話もありましたね。

久野

相撲のほうがより訴えられそう。

安田

弟子が訴えても不思議じゃないと。

久野

不思議じゃないですね。

安田

もしそうなったら「集団で部屋に住ませる」ってのも駄目になるんですか。それとも給料を払えばOKなんですか。

久野

まず最低賃金の問題が出てくると思いますけど。給料払えばOKかもしれません。

安田

でも部屋に住まわせるっていうことは、残業的な問題も出てくるじゃないですか。

久野

そうですね。プライベートと仕事は分けたほうがいいでしょうね。住まわせてても、師匠のお世話をしない時間が必要ですよ。呼び出し手当とかもつけて。

安田

「女将さんが全てチェックしてた」ってのは、もう根本的にダメですか?

久野

完全にアウトでしょうね。チェックするのはいいですけど、呼び出したり、プライベートに干渉してる時点でやり過ぎですね。

安田

とは言え国技として認められてるわけで。顧問社労士だって付いてるはずですよ。

久野

付いてますかね?

安田

天下の相撲協会ですよ。

久野

いや、社労士を付けたら逆に変じゃないですか。

安田

なぜですか?

久野

だって「労働だと思ってる」ってことでしょう。

安田

そっか。確かに。

久野

疑いもなく「労働じゃない」と思ってるなら、社労士は付けてないと思います。

安田

なるほど。将棋にも弟子制度がありますけど。あちらはどうですか? 相撲みたいにガチガチに管理してないと思いますけど。

久野

相撲の場合はもう24時間管理されてて、監視されてる感じですから。競技の面よりも何やってるか分からない時間のほうが多いじゃないですか。料理つくったり、兄弟子の世話をしたり。

安田

ですね。

久野

しかも上のほうだけ給料をもらってて。下のほうは弱いから給与でないという論理はちょっと成り立たないですね。

安田

だから相撲協会じゃなく、それぞれの部屋で育ててるんですかね。近所の野球がうまいおっちゃんが子供たちに教えるみたいな感じで。

久野

相撲協会とか親方はその論理だと思うんですよ。でも「その論理に納得できない」という声が上がっちゃうと、大きな問題になるでしょうね。

安田

今回も「弟子が集団脱走した」ってことは、ストみたいなもんですよ。こういう制度ではついていけませんっていう。

久野

そうでしょうね。

安田

十両なるまでこれだけ管理されて「給料が1円も出ないのはおかしいです」って、もし弟子がまとめて訴えたら。

久野

「これは労働だ」って言われちゃったら、もう労働になるでしょうね。相撲とは関係のない「兄弟子の世話」までさせられて。「話が違う」って徒党組まれるとキツイです。



久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

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