第97回「利益のしわ寄せはどこにいく?」

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第97回「利益のしわ寄せはどこにいく?


安田

ワタミの宅食で労基署が入った話。知ってますか?

久野

知ってますよ。

安田

店舗責任者だけが社員で、あとはみんな業務委託だったそうです。

久野

そうみたいですね。

安田

業務委託は好きなときに働いて、いつ休んでもいいみたいな感じで。

久野

配った弁当の数に応じて報酬が支払われるシステムですね。

安田

はい。それで業務委託の人が休んだ日には、店舗責任者の社員が代わりに配るんです。業務委託の管理はもちろん、クレーム対応までやってたみたいです。

久野

かなりハードですよね。

安田

しかも2店舗の責任者をひとりでやってたそうです。これ、ワタミさんがやってることって法的には問題ないんですか?

久野

たぶん法律上はクリアしてると思います。

安田

クリアしてるんですか?エリアマネージャーが出退勤の記録までいじってたらしいですけど。

久野

そこは違法ですね。宅食全体で見ると、問題になってるのは“業務委託をうまく使うことによる労働法逃れ”です。

安田

労働法逃れ?

久野

本来は真っ黒なのに、業務委託にすることによって労働法逃れをやってる。

安田

それは違法じゃないんですか?

久野

業務委託の部分は違法にならないようにやってます。ただそのぶん店長とかエリアマネージャーは違法状態ですね。全体の数%の中に押し込めてる感じ。

安田

つまり“違法な店長”がいないと回らないビジネスモデルですよね。

久野

そういうことになります。

安田

業務委託の人には業務命令できないわけですから。自分でやりたいときだけやるわけですよ。

久野

その通りです。

安田

そうすると、誰にも届けてもらえないお弁当は、店長さんが自分で届けるしかない。だから土日も祝日もずっと仕事が入ってたそうです。

久野

クレーム処理も自分でやらなきゃいけないって言ってましたね。

安田

はい。エリアマネージャーに土日休みたいって言ったら“うちは顧客優先主義だからダメだ”って言われたそうです。

久野

完全な労働超過状態ですね。

安田

店長さんも仕方なく自分で出勤記録をいじってたそうです。それでも出勤が多すぎてエリアマネージャーが更にそれをいじってたっていう。

久野

ちょっと酷すぎますね。

安田

違法労働しないと回らないビジネスモデル。

久野

そうですね。そこに関しては黒の中の黒だと思います。

安田

経営陣は分かってやってるんですかね。

久野

言い方が悪いけど、そういう体質なんでしょうね。そもそもタイムカードを書き換えるっていうモラル自体がかなりブラック。

安田

普通はあり得ないことなんですか?

久野

上場企業では絶対あり得ないでしょうね。どう考えてもこうなることが分かるじゃないですか、やる前から。

安田

分かりますよね。聞いてなかったとか、知らなかったとかは通らない話。

久野

普通に考えたら分かるはずです。

安田

つまり“ワタミの宅食”はビジネスとして成立してないってことですよ。

久野

そうだと思います。

安田

これを成立させるには価格を上げるしかない。

久野

まさにそうだと思います。安くていいサービスなんてのは絶対なくて。時間イコール生産性なんですよ。人が動いた分だけ、価格が乗ってくるのは当たり前。

安田

でも吉野家はずっと“うまい、安い、早い”で売り続けてます。

久野

もう限界ですね。一昔前は労働時間もグレーだったから。ちょっとぐらい残業代払わなくても許されてた。

安田

これからはもう無理?

久野

リアルに1分単位で残業代が乗っかってくるので。過去と同じようなかたちでやってたら難しいです。

安田

“安くて質がいい”と言ってる会社は嘘つきだと。

久野

“人間が関わっていません”って言えれば、本当かもしれません。

安田

現場を人間で回してる以上は、誰かにしわ寄せがいく?

久野

そうです。誰かが被害にあってるはず。

安田

ワタミさんの場合は、昔からずっとこういう問題が起こってます。過労で自殺したり。労働者を泣かせて搾取しなければ利益が出ない体質なんでしょうね。

久野

そう言われてもしょうがないと思います。

安田

なぜこんな体質になっちゃったんでしょう。

久野

結局は“単純なモデル”を大きくしただけなので。大きくすれば“小さい利益が大きくなる”という発想でしかやってないから。

安田

なるほど。でも上場企業でテレビCMまでやってるわけですよ。これ、落としどころはどうなるんでしょう。

久野

労基署が入ったってことは、法的に駄目ってことがはっきりします。

安田

でも合法状態にするには、今の倍ぐらい人を入れても回らないかもしれない。そしたら今の利益が飛んじゃう気がするんですけど。

久野

それでも続けるのかどうか。経営者として判断しなくちゃいけない。

安田

最初から見えてた気もしますけど。

久野

採算が合わないことには気付いてるでしょうね。でも売り上げだけは、どんどんでかくなっていってるので。

安田

もし久野さんが、ワタミの顧問社労士になってアドバイスくれって言われたら、何て言うんですか。

久野

“本来、成り立ってません”ってはっきり言うのが正しいと思う。

安田

成り立たせるためにどうしたらいいの?って聞かれたら、何て言うんですか。

久野

せめて配達の時間は絞らないと駄目です。

安田

何時から何時までとか。

久野

はい。いつでも受けるスタイルなんて無理ですよ。

安田

できないことはできないと、お客さんにもはっきり言ったほうがいいと。

久野

やるならオプションでお金もらうとか。安いのに“すぐに来い”とか、そういう要望が多いんですよ。行かないとクレームになったり。

安田

無理だって言わないからですよ。最初から。

久野

小さな無理が数えきれないぐらい積み重なってるんでしょうね。



久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

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