経営者のための映画講座 第77作『ル・アーヴルの靴みがき』

このコラムについて

経営者諸氏、近頃、映画を観ていますか?なになに、忙しくてそれどころじゃない?おやおや、それはいけませんね。ならば、おひとつ、コラムでも。挑戦と挫折、成功と失敗、希望と絶望、金とSEX、友情と裏切り…。映画のなかでいくたびも描かれ、ビジネスの世界にも通ずるテーマを取り上げてご紹介します。著者は、元経営者で、現在は芸術系専門学校にて映像クラスの講師をつとめる映画人。公開は、毎週木曜日21時。夜のひとときを、読むロードショーでお愉しみください。

経営者のための映画講座 第77作『ル・アーヴルの靴みがき』

『ル・アーヴルの靴みがき』の絶望と再生。

フィンランドの映画監督アキ・カウリスマキは、学生時代に小津安二郎の映画を見て、映画作家を志したのだという。小津の生誕100周年を祝して作られたインタビュー集のなかで、彼は「私はまだオヅさんの足元にも及ばないような作品しか作っていない。けれど、これからまだ何本かの映画を作っていきたい」と今にも泣きそうな顔をして語っていたことが忘れられない。

そんなアキ・カウリスマキが2011年に発表した『ル・アーヴルの靴みがき』は、フランスの港町ル・アーヴルが舞台。この町で靴みがきをしている初老の男マルセルが密航者の少年と知り合い、彼をかくまうところから静かな街に波風が立ち始めるという話である。

わずかな靴みがきの稼ぎで、静かに暮らす老夫婦は少子化の著しいフランスでも現実的な問題だし、国境を越えてくる難民という素材も、見過ごすことが出来ない現代的な話題に違いない。これらを物語に取り込みながら映画を紡ごうとすると、どうしてもシリアスでハードな作品になることが多い。しかし、アキ・カウリスマキは小津安二郎の系譜に立つ映画作家である。彼は無駄に人は殺さないし、決して映画のための暴力は使わない。どこまでも絶望的な現代の暮らしの中でも、その再生を願い、人と人とのつながりを求めるのである。

この作品でもマルセルが住む街の人たちは、彼の人柄にほだされて、みんなで密航者たちをかくまうことになる。そして、そんな街の人たちの情にふれて、冷徹な捜査官も密航者たちを見逃すのである。

アキ・カウリスマキの映画は大人の童話のようだと言われることがある。密航者をかくまい、見逃すような甘い対応がいまの世の中にあるのか、といわれればそれはまさにファンタジーのようにも思える。しかし、それを見た時に私たちの心の奥底からわきあがる温かくて苦い思いは、決してそれが単なるファンタジーでないことを思い知らせてくれる。

見て見ぬ振りをすることが、今日の平穏と明日の再生へとつながる。会社組織でこれをやろうとすると、だいたい失敗する。なにしろ、見て見ぬ振りをするときには、責任を取らないという選択をするときだからである。しかし、ル・アーヴルの人たちは、責任を回避するために見て見ぬ振りをしたのではない。人を生かすために、責任をもって見て見ぬ振りをしているのだ。

著者について

植松 眞人(うえまつ まさと)
兵庫県生まれ。
大阪の映画学校で高林陽一、としおかたかおに師事。
宝塚、京都の撮影所で助監督を数年間。
25歳で広告の世界へ入り、広告制作会社勤務を経て、自ら広告・映像制作会社設立。25年以上に渡って経営に携わる。現在は母校ビジュアルアーツ専門学校で講師。映画監督、CMディレクターなど、多くの映像クリエーターを世に送り出す。
なら国際映画祭・学生部門『NARA-wave』選考委員。

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