経営者のための映画講座 第85作『旅芸人の記録』

このコラムについて

経営者諸氏、近頃、映画を観ていますか? なになに、忙しくてそれどころじゃない? おやおや、それはいけませんね。ならば、おひとつ、コラムでも。挑戦と挫折、成功と失敗、希望と絶望、金とSEX、友情と裏切り…。映画のなかでいくたびも描かれ、ビジネスの世界にも通ずるテーマを取り上げてご紹介します。著者は、元経営者であり、映画専門学校の元講師であるコピーライター。ビジネスと映画を見つめ続けてきた映画人が、毎月第三週の木曜日21時に公開します。夜のひとときを、読むロードショーでお愉しみください。

『旅芸人の記録』に記録されたテオの覚悟。

『旅芸人の記録』はギリシャを代表する映画監督、テオ・アンゲロプロスを世界に知らしめた作品である。カンヌ映画祭国際批評家大賞を受賞したことで、海外での公開から数年遅れて、日本では1979年に公開された。

ロードショー公開で見た『旅芸人の記録』は、それまでストーリーでしか映画を見てこなかった私とって、とても難解な作品だった。旅芸人の一座が少し古びた町へとやってくるところから映画は始まる。ワンカットがとても長い。長いワンカットのなかにそれほど大きな動きがあるわけではない。ある場面では、数名の人々が町の通りから通りへと移動し終わるまでカメラがワンカットで捉えていた記憶がある。そして、人々がフレームから消えたあと、カットが終わるのかと思うと、カメラは人々が現れた元の位置へと再び同じ速度で戻っていったりするのだ。

見終わったあと、いま何を見たのかが分からなかった。約4時間の大作だったが、途中で何度か船を漕ぎつつ見終わったのだが、悔しく仕方がなかった。当時、私は高校生だったが、周囲の大人たちも同じように帰り道で「わからない」とか「意味分かった?」などと感想を言い合っていた。私の記憶に残ったのは、旅芸人の一座が町にやってくる、というシチュエーションが繰り返されることだった。それほど、多い回数ではないが、少し疲れた顔で、旅芸人たちが疲れた足取りで町にたどり着き、呆然としている様子は見ている私に、旅ってこんな感じだなあ、と思わせてくる。そして、この映画の面白さはそこにあるのだということに、ふいに気付く。約4時間という長い時間を旅芸人たちと過ごすことで、観客は旅をするのである。

今回、このコラムを書くにあたって、もう一度、この作品をDVDで見てみた。今見るととても面白い作品だった。極力セリフが排して、映像で伝えようとするテオ・アンゲロプロスの執着は常軌を逸していた。時には家の中である部屋が固定されたカメラで映し出されている。このカメラが隣の部屋の入口に移動する。そして、もう一度最初の部屋を見渡せる角度へと移動する。すると、そこに数十年の月日が経過していたりするのだ。ワンカットワンシーンなら見慣れているが、ワンカットツーシーンが普通に入ってくる。しかも、そのツーシーンの間には、数十年という時の経過がある。

テオ・アンゲロプロスの面白さは、映画を自由自在に遊ぶことが出来る強さがあることだ。映画で遊ぶことを自慢するわけではなく、あくまでも謙虚に自由に映画を仕立て上げていく。しかも、彼はそれが多くの人にとって心地の良いわかりやすさの放棄だと言うことを知っているのだ。

テオが亡くなり、遺作が日本で公開された時に、夫人と長女が来日した。その時のインタビューで娘は「父は私がハリウッド映画を見ることを嫌がりました」と答えていた。ハリウッド映画のわかりやすさ、エンタテイメント性を前にすると、テオが実現しようとしていたナイーブで骨太な映画を見る頃ができなくなる。そのことをテオ・アンゲロプロスは知っていたのだ。

さあ、自分の創ろうとするものの重要さと脆さを知りつつ、それでもそれを捨てずに生きていこうとするものが、現代にどれほどいるだろう。そんな畏怖の念を持って接したみたいと思える経営者が何人いるだろう。

ちなみに、テオ・アンゲロプロスの娘は、父に隠れてスピルバーグを見ていたらしい。

【作品データ】
旅芸人の記録
Ο Θίασος / O Thiassos
1975年制作
230分
脚本/テオ・アンゲロプロス
監督/テオ・アンゲロプロス
出演/エヴァ・コタマニドゥ
音楽
ルキアノス・キライドニス
撮影
ヨルゴス・アルヴァニティス
編集
タキス・ダヴロプロス
ヨルゴス・トリアンダフィル

著者について

植松 雅登(うえまつ まさと)
兵庫県生まれ。
大阪の映画学校で高林陽一、としおかたかおに師事。
宝塚、京都の撮影所で助監督を数年間。
25歳で広告の世界へ入り、広告制作会社勤務を経て、自ら広告・映像制作会社設立。25年以上に渡って経営に携わる。映画学校で長年、講師を務め、映画監督、CMディレクターなど、多くの映像クリエーターを世に送り出す。
現在はフリーランスのコピーライター、クリエイティブディレクター。
なら国際映画祭・学生部門『NARA-wave』選考委員。

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