地元国立大学を卒業後、父から引き継いだのは演歌が流れ日本人形が飾られたケーキ屋。そんなお店をいったいどのようにしてメディア取材の殺到する人気店へと変貌させたのかーー。株式会社モンテドールの代表取締役兼オーナーパティシエ・スギタマサユキさんの半生とお菓子作りにかける情熱を、安田佳生が深掘りします。
第4回 スタッフ定着率アップのカギは「3年卒業制」
さて、改装費用1800万円をかけて新しく生まれ変わったお店ですが、いきなりランチが話題を呼んで。どれくらい繁盛していたんですか?
毎日外までずらっと行列ができていましたね。ランチタイムは11時から14時でしたが、列の最後のお客様が店内に入れるのは15時とか15時半とかで。
それはすごいですね。売上比率としてもケーキ単体よりランチセットのほうが大きかったんですか?
そうですね。サラダと自家製フォカッチャがついたパスタランチが1000円で、それにケーキとドリンクまでついたセットを1500円でやっていたのですが、当然ケーキセットが人気で。席数が20席ちょっとだったので、毎日2回転してランチタイムだけで5~6万の日商がありました。
なるほど。ということは、ケーキだけを買いに来る人はあまりいなかった?
もちろんそういう方もいましたが、多くはなかったですね。その2〜3万の売上も、ランチを食べた方がそのままテイクアウトで購入されてくれたケースがほとんどで。
ははぁ、なるほど。
でもそれには理由があって。先ほども言ったようにランチタイムは常に混雑していて、駐車場もずっと埋まっていたんです。そもそもテイクアウト希望のお客様が来店しづらい状況だったんですよね。
ああ、なるほど。繁盛するのはいいことですが、デメリットもあると。ともあれ1800万円もかけたかいあって、リニューアル後は順風満帆だったわけですね。そういえば、リニューアル時に店名は変えたんですか?
はい。『パティスリーアンドレストラン ハーベストタイム』という店名に変えて。ただ、もともとの店名だった『モンテドール』も社名として残すことにしました。
ほぉ。それはどういう意図で?
僕が家業を継いだのも、もとを辿れば父のお店『モンテドール』が好きだったからなんですよね。だから僕の「原点」という意味も込めて社名にしました。
素敵ですね。そういえば、リニューアルオープンするタイミングで法人化もされたんですよね? それも何か意図があったんでしょうか。最初は個人事業主で始めたほうが消費税免除とかのメリットもあるのに。
ああ、そのあたりは深く考えてなかったですね(笑)。いろいろアドバイスは受けましたけど、「いや、株式会社で大丈夫です」って(笑)。
そうなんですね(笑)。とにもかくにもオープン後はランチに火がつき、大繁盛したと。でも今思い出したんですが、私が杉田さんのお店に伺った時って、ランチはやっていなかったような。
ええ。オープン6年目でランチはやめたんです。
へえ! どうして大人気のランチをやめてしまったんですか?
先ほどお伝えしたように、混雑しすぎてテイクアウトのお客様が来店しづらかった、というのが一点。もう一点は、端的に言って「ランチ営業がとにかく大変だった」からですね(笑)。
それは体力的な意味で?
ええ。体力的にも、時間的にも。10時開店に合わせて朝5時からケーキを仕上げてショーケースに並べる。で、11時半からてんてこまいのランチタイムを経て、次の日のケーキの仕込みに入れるのが16時頃で。全て終えて片付けて帰る頃にはもう深夜0時を回っている、という生活がずっと続いていたんですよ。
ははぁ、そこから4時には起きて出勤ですもんね。それはかなりキツそうだ。
そうなんです。確かに売上的には問題なかったんですが、それ以外の負担が大きすぎて。ランチが忙しすぎてケーキ作りに集中できないっていう問題もありましたし。
なるほどねぇ。でもスギタさん一人で回していたわけではないんでしょう?
もちろんそうです。妻と何名かのスタッフとやっていましたね。
ちなみに採用状況はどうだったんですか? 飲食店の採用って本当に難しいと思うんですけど。
ああ、それについてはかなり恵まれていましたね。たいした募集をかけていなくても、働きたいと来てくれる人が多くいらっしゃって。
へぇ〜それはすごい。でも確かに新しいお店だし、おしゃれな空間だし、カフェもあるし、オーナーも若くてイケメンだし。入社したいと思う方は多いでしょうね。
いやいや、確かに応募はたくさんあったんですけど、せっかく入ってくれても、秒で辞めるんです(笑)。1ヶ月も持たない。
えっ、そうなんですか! ……でも考えてみれば、朝5時から夜12時までぶっ通しで働かされていたら、そりゃ辞めちゃいますよね(笑)。
ですよね(笑)。そんな中でも、1人だけオープンからずっと続けてくれていたスタッフがいたんです。でもその子が1年のうちで1番忙しいクリスマスイブに、過労で倒れるという大事件が発生して。
うわぁ、それは大変だ。
そうなんです。それで「こんなやり方をずっと続けていくわけにはいかない」と真剣に考えるようになりましたね。
なるほど。でもそうは言っても、ランチタイムは事業の牽引役だったわけじゃないですか。売上もかなり大きな比重を占めていた。それをやめてしまうことに不安はなかったんでしょうか。
うーん、不安が全くなかったといえば嘘になります。ただ一方で、店内の席数が限られている以上、ランチの売上は5〜6万が限界だというのもわかっていて。反面、テイクアウト販売ならその制限もない。実際、テイクアウトに注力しだすと、最初こそ2〜3万だったケーキの売上が、やがて10万円を超えるようになってきたんです。
ははぁ、ランチをやめても売上はキープできることがわかった。むしろそれ以上を狙えるようになったと。
仰る通りです。これならテイクアウトのみにしてもお客様は来てくれるだろうと思い、ランチをやめる決断をしたんです。
それでケーキ専門店として再スタートを切ることになったわけですね。その時にまた店名も変えたんですよね?
はい。『パティスリー ハーベストタイム』に変えました。
なるほど。ケーキだけにしたことで、働き方はだいぶ楽になったんじゃないですか?
ええ、それはもう(笑)。7時半頃からケーキの仕上げを始めれば良くなりましたし、夜も20時頃までには終われましたので。…まあ、それでもまだ長いですけど(笑)。
笑。スタッフも定着するようになりましたか。
いや、それがそうでもなくて。前のように一瞬で辞めちゃうことはなくなりましたが、結局1〜2年くらいでしたね。当時は「どうやったら3年続けてもらえるのか」と悩みました。
ふーむ。退職理由はどういうところにあったんですか? 労働時間の長さや休みの少なさとかですかね。
それもあったと思いますが、もっと根本的な問題があるんじゃないかと思って。で、自分のことを振り返った時、そういえば僕もダニエル時代はずっと辞めたいと思っていたなぁと。
そうだったんですか。でも4年間は働いたわけですよね。スギタさんはどうして続けられたんですか?
「家業を継ぐため、3年後に辞める」というゴールが決まっていたからですね。僕の場合は最初の1年がフレンチレストランの厨房だったので、そこはノーカウントとして1年延長しましたけど。とにかくこの「ゴールがある」ということが大事なんじゃないかと思ったんです。
ああ、なるほど。それが株式会社モンテドールの「3年卒業制」につながったわけですか。
それをご自分で考えられたわけですよね。人材の専門家でもある私から言わせていただくと、非常に先見の明があると思います。実は私も今、新卒採用をしているいろんな企業さんに「3年卒業」をオススメしていて。
おお、そうでしたか!
ええ。新卒採用するなら、必要最低限の社会人スキルを身に着けさせて、別の会社に転職できるよというところでいったん「卒業」させる。これが絶対いいと言っているんですが、なかなか取り入れてくれる企業さんはいないですね(笑)。
僕も顧問社労士さんから「せっかくできるようになったスタッフを、なんで卒業させちゃうの?」って言われました(笑)。でも入社時点で「3年で辞める」ということがハッキリしている方が、僕にとってもスタッフにとってもやりやすい気がしていて。
まさにそうなんです。終わりを決めてあげることでほとんどの人がその期限までは辞めないんですよ。だから3年を区切りにしておいて、その後にはこんな道がありますよ、と先に見せてあげるモンテドールさんのやり方は、とても良いと思いますね。
対談している二人
スギタ マサユキ
株式会社モンテドール 代表取締役
1979年生まれ、広島県広島市出身。幼少期より「家業である洋菓子店を継ぐ!」と豪語していたが、一転して大学に進学することを決意。その後再び継ぐことを決め修行から戻って来るも、先代のケーキ屋を壊して新しくケーキ屋をつくってしまう。株式会社モンテドール代表取締役。現在は広島県広島市にて、洋菓子店「Harvest time 」、パン屋「sugita bakery」の二店舗を展開。オーナーパティシエとして、日々の製造や商品開発に奮闘中。
安田 佳生(やすだ よしお)
境目研究家
1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。安田佳生事務所、株式会社ブランドファーマーズ・インク(BFI)代表。