第24回 1年に1回、必ず値上げするパン屋さん

この対談について

地元国立大学を卒業後、父から引き継いだのは演歌が流れ日本人形が飾られたケーキ屋。そんなお店をいったいどのようにしてメディア取材の殺到する人気店へと変貌させたのかーー。株式会社モンテドールの代表取締役兼オーナーパティシエ・スギタマサユキさんの半生とお菓子作りにかける情熱を、安田佳生が深掘りします。

第24回 1年に1回、必ず値上げするパン屋さん

安田

今、世の中的には「値上げ」がかなり大きなテーマになっていますよね。仕入れ値は上がっているし、人件費もどんどん上がっていて。だけどほとんどの中小企業って値上げすることが下手くそだと思いません?(笑)


スギタ

確かに(笑)。ただ、経営者さんの大半は、値上げするとお客さんが離れちゃうっていう危機感を持っているんだと思います。

安田

そうですね。ただ以前スギタさんは、『スギタベーカリー』では毎年必ず値上げされるって仰っていましたよね?


スギタ

そうですね。僕らは全商品を年に1回値上げする、と決めています。

安田

あ、全商品を一斉に値上げするんですか!


スギタ

そうです。たとえ今の価格で粗利が確保できている商品でも値上げをします。年々考えられないペースで材料費が上がっているのは確かですし。

安田

ほぅ、なるほど。じゃあお客さんも「この日を境に値段が上がる」ということはわかっているんですね。


スギタ

はい、だいたい2週間くらい前に告知しています。僕らとしても事前に「1年後のこの日に値上げする」ことがわかっているので、そこに合わせて商品開発ができるわけです。

安田

なるほど。ちなみに全ての商品がリニューアル対象なんですか?


スギタ

基本的にはそうですね。同じ商品のまま値上げだけするということはやりません。例えばスギタベーカリー一番人気の「食パン」も、毎日の製造と同時並行で、試作品も作り続けているんですよ。

安田

へぇ、人気商品でも絶えずリニューアルしているんですね。人気商品だったら守りの姿勢に入りたくなるようなもんですけど、スギタさんはそうではないんですね(笑)。


スギタ

はい(笑)。それでいろいろ試作していくと、「これはかなり美味しくなったぞ」というものができるわけです。そうしたらもうその試作品を商品化して店頭に並べるんですよ。

安田

え、値上げのタイミングで新商品をお披露目するのではなくて?


スギタ

ええ、違います。価格の改定日に合わせて全商品を作り変えるのってものすごく大変なので、商品開発は年間を通して行っています。だからタイミングによっては、リニューアル商品を旧価格のまま売ることもあるんですよ。

安田

なるほどなるほど。ちなみにケーキ屋さんもパン屋さん同様、1年に1回必ず値上げをしているんでしょうか。


スギタ

いえ、ケーキ屋ではしていません。というのも、そもそも「年に1回の値上げ」は、パン業界の価格設定が低すぎることへの危機感から始めたことなので。

安田

ああ、そういえば以前にも、パン屋さんは忙しいわりになかなか儲からないって仰っていましたね。


スギタ

そうなんです。どうしても「安いお店」にお客さんは集まりがちなので、業界全体として値上げをためらう風潮がある。でも何度もお伝えしているように、それをやり続けている限り、パン屋は儲からないし、働き手もどんどんいなくなる。

安田

だからこそスギタさんは少しでも「適正価格」に近づけるため、年々値上げをしているというわけですね。


スギタ

仰るとおりです。この10年、ずっとそうしてきましたね。

安田

でもこれってパン屋さんに限った話ではなく、あらゆる業界の経営者にとって参考になる話だと思いますね。儲からないと思うなら値上げをしろ、と。しかも単に値上げするのではなく、今の商品にいかに高い付加価値をつけられるかを考えろ、と。


スギタ

そうですね。経営者のマインドセットとしては「いついつ値上げをする」ということを決めてしまうのが一番大事なんだと思っています。

安田

ははぁ…世の経営者さんはまず「値上げ日」を決めなさい、と。


スギタ

そうです。「デッドライン」を決められるのって経営者にしかできない仕事だと思うんです。なのに「いつ」値上げするか決められていないから、ダラダラと考えたり開発を続けたり試作することしかできていない。

安田

なるほどなぁ。…でもその期限までに商品開発が終わらなかったらどうするんですか?


スギタ

それでもその時点での「暫定ベスト」を出して、値上げします。納得いく商品ができてから値上げをしよう、なんて思っていたら絶対に値上げできる日はやってきませんから(笑)。

安田

なるほど(笑)。ちなみにこれまで売れ筋だった商品が、値上げと同時に売れなくなる、なんてこともあるわけですか。


スギタ

なくはないですね。とは言え、一見「売れ数」が減っていることで売上が落ちているように見えるかもしれないですが、実際は値上げをしている分、粗利は確保できている場合がほとんどなので。

安田

ははぁ…つまり、今までのような数量が売れなくても、単価は上がっているから、売上全体として大きな変動があるわけではない、と。


スギタ

そういうことです。そもそもこの人手不足の時代に、これまでのように「大量」に製造するのは困難になります。だから「売れ数」が少なくてもしっかりと利益が確保できるようにしていくべきだと思っていて。いわゆる「減収増益」といったことを考える段階にきているんでしょうね。

安田

ふーむ、なるほど。薄利多売のようなやり方では、どんどん疲弊していってしまうわけですね。


スギタ

そう思います。それに値上げをすることで、使える材料もどんどんアップグレードさせられる。すると結果として、お客様にも「美味しい」と思っていただける商品をたくさんお届けすることができるんです。

安田

なるほどなぁ。経営者にとって「定期的に値上げし続ける決断」がいかに大切なことなのかがよくわかりました!


対談している二人

スギタ マサユキ
株式会社モンテドール 代表取締役

1979年生まれ、広島県広島市出身。幼少期より「家業である洋菓子店を継ぐ!」と豪語していたが、一転して大学に進学することを決意。その後再び継ぐことを決め修行から戻って来るも、先代のケーキ屋を壊して新しくケーキ屋をつくってしまう。株式会社モンテドール代表取締役。現在は広島県広島市にて、洋菓子店「Harvest time 」、パン屋「sugita bakery」の二店舗を展開。オーナーパティシエとして、日々の製造や商品開発に奮闘中。

 


安田 佳生(やすだ よしお)
境目研究家

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1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。安田佳生事務所、株式会社ブランドファーマーズ・インク(BFI)代表。

 


 

 

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