その199 CDとレコード

わたくしの日常周辺にいるフツーなおじさんたちが、ちょっとAIが身近になってきたところで口にしがちなフレーズとして、
「AIってときどきウソつくんだよなあ」
というやつがございます。

まあたしかに、情報が正確でないときもありますよ、と明言されています。

ただ、同僚よりもAIに親近感が寄っているわたくしとしましては、すでに万人が膨大な情報と恩恵を受けているのだから、ちょっと間違ったことをあげつらわなくてもいいじゃん、とも思うのです。
だいたい、間違ったのがわかるのだったら最初から知っていたのではないですか。

そういったAI的なあいまいさ、不確かさというのは、構造上しかたないというよりは、それこそがAIらしさといったもののようです。

これは、たとえば人間とAIをレコードとCDになぞらえたとして、CDの音を「加工された音」として否定するときに使われる方法に似ています。

CDでは機械的処理を行うとき、人間の可聴域外の一定以上の高域をカットしているが、それが音の本質を損ねている。一方で人間は不安定さやノイズはあるが、生の感情と判断力を備えた「音そのもの」だと。

しかし、じつはCDの作られ方もそんな単純なものではないそうで、対象の高域はカットではなく、デジタル化に際して歪みを防ぐため必須になる処理を施しているそうです。

つまり、最適な処理はくまなく行われているといえそうなのです。

AIの処理は世界中の膨大なデータを「統計的に」扱うことに特徴があり、それが自然な言語でのやりとりや、統合されたアウトプットとして現われます。

他方、意味の理解や判断はその中に持ちこまれません。

統計的に、大雑把にいうと「よりもっともらしい、より自然っぽい」というのが基準であり、だからこそ局地的には「間違いがありうる」というより、「当然間違う」のです。

そして、正しいも誤りもなく、ノイズも含んだあらゆる情報を飲みこみ、それを統計的処理を通したある意味ありのままで完成品とする、という構図からすれば、AIはCDというよりレコードに近いのかもしれません。

 

 

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著者自己紹介

「ぐぐっても名前が出てこない人」、略してGGです。フツーのサラリーマン。キャリアもフツー。

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