その111 トイレ

SNSでちょっと盛り上がっていた話で、
「コンビニのトイレにチップを設けたらどうか」
というテーマがありました。

コンビニのトイレの話は、たいてい
「無料で使っていいものか」から「お店にお金を落としていくかどうか」へ
話題が展開していき、最後は「自分は店員をやっていたけど、正直どうでもいい」
というコメントに行きつくのが定番パターンのひとつであります。

自分がそのときみた限りでは、上記のほかに
「誰でも困ったときに助かった覚えがあるはず」「いつも感謝している」
のような、SNS特有の謎の感謝コメントも多数挙がっていました。
こういうの、気持ち悪いといってしまえばそうなのですが、
利用者の人びとの心情というのを図るにおいて
ちょっとしたヒントになるのではないかとも思います。

複数の場所で聞いた話なので、おそらくこれは有名なエピソードなのだと思いますが、
ある保育園か幼稚園で、親御さんの「お迎え」が約束より遅れることが頻発し、
問題となっていたそうです。
このご時世、ご両親ともフルタイムの仕事を持っていることも当たり前でしょうし、
そんな中では毎日きっちり勤務を切り上げていけるとは限らない。
そういう背景があるにせよ、預かる側が困ることに変わりありません。
苦肉の策として、遅れた場合に罰金を設けるようにしたところ、
結果的に遅れは「まったく改善されなかった」そうです。

おそらく、罰金を徴収することにしたことで、
遅れることに対する罪悪感がむしろ解消され、約束に間に合わせるための
無理をしなくなったのではないか、ということでした。

コンビニトイレの有償化もまあ、似たようなことは容易に予測しえます。

カスタマーがハラスメンターなのはいけないことですよ、と
最近になっていわれはじめたようなわが国でもって、
カスタマーとサプライヤーがビジネス上のフラットな関係で、
倫理的な上下関係ではないという認識に移行するまでには
どれだけの年月を要するのか、想像もつきません。

一方で、それこそトイレなど、公共施設の使用マナーの良さというのは
世界と比較して、かなり高いレベルのモラルが機能しているのは事実のようです。
他文化圏の価値観で、「自分には関係ない」と割り切ったときのドライさが
利己的に働くことはきわめて自然なことですが、
子供のころから「人に迷惑をかけてはいけない」という呪文を浴びてきた
われわれの場合、たしかに、意味もなく人に迷惑をかけられることは少ないのです。

それらを総合的に考慮するに、やはり、コンビニのトイレは
善意を前面に押し出しながら無償で開放していくことが効果の極大化
(または損害の最小化)なのではないかと帰結するものであります。

そういった意味では
「いつもきれいに使っていただいてありがとうございます」
というフレーズは、モラルに忠実に振るまえよ、というある種の威嚇かもしれません。

外国人にこのノリ通じるかなあ、ぜったい通じねえだろうなあ……。

 

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著者自己紹介

「ぐぐっても名前が出てこない人」、略してGGです。フツーのサラリーマン。キャリアもフツー。

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