その158 妖怪爪切りおじさん

自分が若いころ、つとめていた職場で、どこかからパチンパチンと音が聞こえてきて、驚いたことがあります。
その音の先では、役職者のおっさんが爪を切っていたのです。

一般的には、「いや、そういうことは家でしてこいよ……」と思うところであります。
職場は仕事をするところ。そんな風に考えていた時期が、俺にもありました。

しかし、人間というものは、人生のうち一定の期間を会社で過ごしているうちに、徐々に生活を職場の自席に持ちこむようになる傾向が、どうやらあるようなのでした。
結果、デスクの下に置いた鞄の中だけをパーソナルスペースにするだけにとどまらず、机の中に私物だとか食品だとかが混入する割合が増してくるわけです。

そんな会社は令和的ではない、ことは、わたくしも一応存じ上げております。

オフィスも、フリーアドレスだったら、最初から「自分の」席など与えられないわけですし、機密性の高い現場や、事務職であっても大量のプライバシーを扱う業務では、私物や個人のスマホは持ちこめない方が当然であったりします。

ビジネス的なモラルでも、コンプラなどと同じく、業務とプライベートを意識的に切り分けることは常識的な「感覚」でありましょう。
にもかかわらず、人間の習慣というのは時代の空気だけで矯正されるものではありません。

大企業や先進企業であれば、勤務時間中は社員の生活動作までがっちりガバナンスしたる、というような気概にあふれているかもしれません。ですが、そこからもっとも離れた中小企業というオールドファッションな世界におりますと、若いころ遭遇した妖怪「爪切りおじさん」を、わたくしはその後、幾度も目撃することになりました。

そして、最近実施された社内移動の結果、わたくしは過去の妖怪たちをしのぐ強者を目の当たりにすることになりました。

爪を切るのは当然のこと、しかもその頻度は一日一回ペースです。
くわえて、おもむろに鏡を取り出したと思うとそり残したヒゲかなにかを毛抜きで抜きはじめます。
とどめは、爪楊枝を取り出して歯間のメンテナンスを猛然と開始するのでした。
それらのルーティンを数時間に一度は敢行する、そんな最強の妖怪です。

正直、わたくしは恐怖に近いものを感じて、あまり正視することができず、どこまでのことをしているのかを見届けてはおりません。ただこの場をお借りして、細々とお伝えすることが精一杯なのです。

たすけて、鬼太郎。
 

 

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著者自己紹介

「ぐぐっても名前が出てこない人」、略してGGです。フツーのサラリーマン。キャリアもフツー。

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