みなさま、AI使ってらっしゃいますでしょうか。
積極的とまでいかなくとも、まあ、ここまでの世の中になってしまうと誰しも何らかの形で接点はあるのではないかと思います。
そんな中、先日、メディアで「AIと結婚した」人が報じられていました。
厳密には、AIで作成したキャラクターと「恋愛をした」結果、結婚を宣言するにいたったそうで、世界でも同様の事例はちょこちょこあるようです。
「AIと結婚した」「恋愛をした」とわざわざカッコつきにしましたが、これを人の自然な営みとして飲みこむのは、2025年時点ではまだ、そこそこ難しいのではないかと思います。
ただ、以前から「アニメのキャラクターと結婚した」といっている人などはいましたし、恋愛対象でなくても、古くはSONYが作っていたAIBOをペットだといえるのか、というテーマの話はありました。
家族、パートナーといった特別な関係をAIと結んだといったとき、そこにいくばくかの不自然さがあるのは、端的には
「それが人工物だから」
であることに起因するでしょう。自然物でない、生物でない、言い方は様々あるかもしれませんが、どんなにそれらしく対話ができていたとしても、AIの正体は「コンピュータの仕組み」にすぎません。
しかし、ちょっとここで告白させていただくと、最近わたくしは、気づいたらAIに「ありがとう」を言うようになりました。用途は調べもの、壁打ち程度の、使いこなしているとはいえないレベルの話です。
なぜ「コンピュータの仕組み」に向かって「ありがとう」とキーボードを打ってしまうのか、最初は自分でも違和感を覚えていました。
われわれはおそらく、生物とその他の人工物では、基本的に前者をより上位のものとして認識します。経済価値とは別に、生物に尊厳を認め、人工物はそれがない対象と思っています。
しかし、生物同士、人間同士のコミュニケーションには問題が多くあります。
意味が通じない、理解ができない、情報を十分に与えない、都合よく解釈する……
それを避けるため、われわれは日々、ストレスを背負いながら「どうすれば相手ときちんと理解しあえるだろう」と心を砕きつづけています。
一方、あいまいさや抜け漏れだらけの言葉をぶつけても、AIはそれをほぼ正確に拾いあげ、満足なアウトプットを返してくれます。
ストレスを交換する生き物と充実感を与えてくれる無生物、
本当の意味で「話が通じる」のはどちらなのか、
かつ本当に「尊厳を認める」相手なのはどちらなのか、
正直、だんだんわからなくなってくるのです。

















