今週は!
ネットが日常のあたりまえになって
大きく変わったもののひとつに
紙でできた辞書とのかかわり方がある。
かつて我々のような
言葉を生業とする者と辞書は、
切っても切り離せない関係だった。
ネーミングを開発するにおいても、
まずコアとなる言葉を国語辞書から拾い出し、
そこからさまざまな言語へ展開させ、
あるいは他の言葉と組み合わせて
膨らませていくのが常道であった。
広辞苑/逆引き広辞苑をはじめ
和英/英和、仏和/和仏、古語/漢和
類語/反対語、各種専門用語など、
いまでも私のデスクの脇には
ポストイットが所々に顔を出したままの
辞書類が並んでいる。
もちろん上で述べたような作業は、
いまやすべてネットで代用できる。
よりスピーディに、より広範囲に。
それでもいまだ辞書を処分できないのは、
愛着という理由だけではない。
彼らにネットにはない妙味があるからだ。
私には、若い時分から、
仕事中ちょっとだけ時間が空いたり、
読むものがなくて目淋しいときなど
広辞苑をひらいてしまう習慣がある。
2800ページほどある苑(第四版)の
適当なところをパッと開いて、
そこに登場する言葉を読む、というか
散歩感覚で眺めるだけなのであるが、
それでも必ずと言っていいほど、
知らなかった言葉との出会いがある。
たとえば、ある日、ひらいたのは、
1522~1523ページであった。
右の真ん中へんに冬青(そよご)の
イラストが描かれているページである。
そこでは「空」に関係する
言葉の一群が紹介されているが、
そのなかに【空合い】という言葉がある。
意味は、
①空の様子。空模様
②転じて、事のなりゆき。
なんとも素敵な言葉ではないか。
SORAAIとアルファベット表記にしてもいい。
AIは「愛」とも読めるし、
「AI(人工知能)」の意味も含有できる。
婚活サイトのネーミング案として提案したら
ぴったり当てはまりそうだ。
沸き上がったイメージとともに
頭の片隅にメモしておくと
ほんとうにその筋から
依頼があったりするから不思議である。
このような、
言葉との偶発的な出会いは、
ネットでは果たせない。
巷間よく言われるように、
書店とAmazonの違い
といったところだろうか。
三浦しをんの小説に
『舟を編む』という作品がある。
とある出版社に勤める編集部員が、
新しく刊行する辞書『大渡海』の
編纂メンバーとして迎えられ、
辞書の世界に没頭していく姿を
描いたものである。
書名は、「辞書は言葉の海を渡る舟。
編集者はその海を渡る舟を編んでいく」
という意味で付けられたという。
編集者たちが編んでくれた舟で漕ぎ出す先に、
将来ネーミングとして使われる言葉が
たくさん眠っているかもしれないな。
商売根性半分で、そんなことを考えると、
「こいつら、こんなに場所を取りやがって」
と思いながらも、やはりもうしばらく
手元に置いておきたいと思うのだ。