これからの採用が学べる小説『HR』:連載第1回(SCENE: 001〜002)【第1話】

 

 


 SCENE:002


 

俺が勤めているのは、求人広告をメインで扱う広告代理店だ。社名は株式会社アドテック・アドバンス。業界ではAAで通っている。大型求人メディアを複数運営する某大手企業とパートナー契約を結んでおり、その企業の求人メディアを営業・販売することでマージンを得、即ちそれが売上となる。

都内だけで数十社あるパートナー企業の中でもAAは一位・二位の売上規模を誇り、クォーター毎に開催されるパートナー会議では、毎回様々な部門で表彰を受ける。

現在版元(求人メディアの運営元)には営業組織がなく、各パートナー企業に販売を委託している状態だ。だからその中でトップを走るAAは、言わば版元が最も頼りにする営業チームなのだ。

「ああ、村本くん。朝から大変だったね」

ミーティングルームを出て自分のデスクに戻ると、隣の席の島田岳が声をかけてきた。背が小さく小太り。オタクっぽい風貌ではあるが、同期の中でも最も人懐っこくお喋りで、社内ではちょっとした有名人になっている男だ。

「まあな」

「鬼頭部長が来るなんて珍しいよね。相変わらず芸能人みたいでカッコよかったなあ」

アイドルに憧れる女のように言う島田を見て、力が抜ける。呑気というか、無邪気というか、これで意外と営業成績もいいのだからよくわからない。

「バカなこと言ってないで仕事しろよ」

黙々と仕事を進めている営業一部の先輩たちを横目に言った。俺は三年前の四月にこの会社に新卒で入社し、同期の中では島田と俺だけが営業一部に配属された。見るからに「できるメンバー」が揃った営業一部で、島田は明らかに浮いている。

営業部は一部から三部まであり、求人広告の営業という意味ではすべて職務は同じだが、クライアントの会社規模は三部から一部に向かって大きくなっていく。三部が個人店や従業員数十人の企業を担当するのに対し、二部は地域に複数店舗を展開する小規模チェーンや従業員百名程度までの中小企業、そして一部はいわゆる全国チェーンおよび大手企業が担当だ。

クライアントによって営業手法に差はあるが、三部が足で稼ぐ泥臭い営業だとするなら、一部は頭を使って大きな会社を落とす頭脳型の営業だ。会社の中でも花形と言われる部署である。

「それで、何の用だったの? また爆弾を落とされるんじゃないかって、リーダーたちが青い顔してたけど」

俺の忠告を完全に無視して島田は言う。こいつはいつでもこの調子だ。「爆弾」というのは、先月半ば、鬼頭部長が突然強化商品の変更を指示してきた件を言っているのだろう。

期末に差し掛かった土壇場のタイミングだったので、現場はひどく混乱した。だが結果的にはそれが功を奏し、おそらく未達に終わるだろうという諦めムードの中にあった年間経営目標も、三日営業日を残した段階で達成することができたのだった。

「別に営業方針の話じゃない。だいたいそんな重要なこと、俺一人に話してどうすんだ」

「そっか。そう言われればそうだね。じゃあ、何の話?」

今度は俺が島田を無視し、デスクの上のノートPCを開いた。パスワードを打って自動ロックを解除し、惰性的にメーラーを起動する。ボックスには差出人名に取引先の名前が入ったメッセージが十数通届いていた。その文字列を前に、自分の頭が仕事モードに切り替わっていくのがわかる。とりあえず、鬼頭部長が「俺に落とした爆弾」の件は保留だ。今の俺にはそれより前に考えるべきことがたくさんある。

メールを一通ずつ開いて必要なものには返信し、それが終わると昨晩途中まで作っていた企画書のファイルを開いた。二時間後のアポイントまでに仕上げてしまわねばならない。

パワーポイントが立ち上がり、有効求人倍率のグラフと業界別求人掲載数のデータが画面に表示される。担当人事からは既に契約の内定をもらっているが、上役の首を縦に振らせるためにはこういう書類が必要なのだ。

Scene:003〜004につづく)

 


 

著者情報

ROU KODAMAこと児玉達郎。愛知県出身。2004年、リクルート系の広告代理店に入社し、主に求人広告の制作マンとしてキャリアをスタート。デザイナーはデザイン専門、ライターはライティング専門、という「分業制」が当たり前の広告業界の中、取材・撮影・企画・デザイン・ライティングまですべて一人で行うという特殊な環境で10数年勤務。求人広告をメインに、Webサイト、パンフレット、名刺、ロゴデザインなど幅広いクリエイティブを担当する。2017年フリーランス『Rou’s』としての活動を開始(サイト)。企業サイトデザイン、採用コンサルティング、飲食店メニューデザイン、Webエントリ執筆などに節操なく首を突っ込み、「パンチのきいた新人」(安田佳生さん談)としてBFIにも参画。以降は事業ネーミングやブランディング、オウンドメディア構築などにも積極的に関わるように。酒好き、音楽好き、極真空手茶帯。サイケデリックトランスDJ KOTONOHA、インディーズ小説家 児玉郎/ROU KODAMAとしても活動中(2016年、『輪廻の月』で横溝正史ミステリ大賞最終審査ノミネート)。

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