「変化だ、変化だ、変化が大事だ」とみなさんおっしゃいますが、会社も商品も人生も、「変えなくてはならないもの」があるのと同様、「変わらないもの」「変えてはならないもの」もあるのです。ではその境目は一体どこにあるのか。境目研究家の安田が泉先生にあれやこれや聞いていきます。
第7回 「武士はサラリーマン?」
前回「高学歴よりも高弟子歴」では、今後は会社員が減り、職業人が増えていく。お金儲けにまい進する人も、業界世界ナンバー1を目指す人もなくなりはしないけれども、弟子になるためのマイスター制度が進んだらいいなという、そんな展開でした。
江戸時代は職人文化だったって、聞いたことがあるんですけど。それって本当なんですか?
そうです。企業がありませんので。はじめての株式会社が、坂本龍馬がつくった亀山社中。それまでは会社がなかったわけです。
じゃあ、雇われている人はいなかった?
奉公人とか番頭とかは、雇われているというより専門職ですね。
専門職?
はい。一人ひとりが、士農工商の中で自分の役割を探して、その中で自分の腕を磨くみたいな。
じゃあ、転職とかもあったんですか?
たぶん江戸時代のほうが、転職は多かったと思いますよ。
そうなんですか!一生ご奉公みたいな、イメージですけど。
自分の手に職がついてるので、ある店で奉公して次へ行く、また次へ行く……みたいな。
一般的な町人は、どんな仕事してたんですか?
籠を作ったり、ロウソクを作ったり。日用雑貨はぜんぶ、専門家が作ってたんですよ。
ものすごくたくさん、職業があったって聞いたんですけど。
そうです。身の回りにある物の数だけ職業がありますんで。鍋作ってる人、包丁を研ぐ人、古い金物集める人。
じゃあ、極端なことを言ったら、部品ごとに違う鍛冶屋がいたんですかね?
そうです。
商人もいたんですよね?
それを流通させるのが商人ですね。物々交換は大変なんで、商人が買い付けて、廻船問屋とかが運んで、別の地方で売ったりとか。
今は無くなったけど「当時はあった職業」って、どんなのですか?
いちばんは、直す人ですね。
直す人?
はい。江戸時代はリサイクル文化なので、何かが壊れたらすぐ直してくれるんですよ。
どんなものでも?
鍋が壊れたら鍋職人。提灯が壊れたら提灯職人。職人のところに持って行って、直してもらう。
直しの専門家がいたんですか?
直し専門家というより、作っている人が直す人でもあるんですよ。
なるほど。手作りだったから、作った人は修理もできたんですね。
今は、直す人ってほとんどいないじゃないですか。
捨てたほうが早いし、儲からないですもんね。
ちょっと前までは「電器屋のおじさん」が電気製品ちょこちょこっていじって、直してくれましたけど。そういう時代じゃなくなった。
でも泉さん「これからは職人が増えていく」って言ってたじゃないですか。
そうなんですよ。一周して、また増えていく。
この前、面白い人に会ったんですけど。
ほう。どんな人ですか?
本職はIT技術者なんですけど、副業で万年筆の修理とかカスタマイズとかやってるんですよ。
面白い!
たとえば、元から透明な万年筆の軸を「透明度が甘い」とかいって、手作業でぜんぶ磨き直して、さらにガラスコーティングまでして、元より透明にするわけです。
それは欲しがるマニアがいそうですね。
一部のマニア向けでも職になっていきますか?
なりますね。まさに、そういうのが新しい職になるんですよ。
でも、そんなに売れてないんです。
今はまだ目利きの人と、流通させる人がいないだけの話なんですよ。
なるほど。昔は「目利き」って結構いたんですか?
たくさんいました。作る人がいて、目利きする人がいて、流通する人がいた。だからいろんな職業が成り立ってたんです。
じゃあ、つくる職人だけじゃなく、目利き職人とか、流通職人とかも現れてくる?
現れてくるでしょうね。もしかしたら「全員が紹介者」になる可能性もあります。
全員が紹介者?
今って全員が商人の機能を持ってるじゃないですか。
メルカリとかヤフーオークションみたいな?
そういうのもあるし、ぐるナビみたいな紹介サイトもある。SNSもある。
なるほど。全員が「自分の好きなもの」を紹介できる立場にいると。
そうなんですよ。「物売り商人」じゃなくて、自分のお気に入りを流通させる「紹介商人」。
今でいうインフルエンサーみたいな職業ですか?
紹介の専門家ではなく、お互いが紹介しあって仕事が回っていくみたいな。
江戸時代にはインターネットはなかったですけど、そういう「紹介し合う風習」ってあったんですか?
江戸時代はまさに信用時代だったんで、今で言うところのリファラルですよ。
なるほど。ところで武士って何してたんですか?農工商はイメージできるんですけど、武士だけがイメージ湧かないんですよ。
武士の仕事は、今で言ったら官僚みたいなもんじゃないですか。
官僚ですか?
はい。
じゃあ侍は、手に職なかったってことですか?
宮本武蔵とかは手に職があったので、武道師範とか指南役みたいなので来てくれと言われて、武芸を教えてたんでしょうね。
「武士に剣術を教えるという仕事」ってことですか?
そうです。剣術の先生。
じゃあ、宮本武蔵ほど強くない、それ以外の武士って何やってたんですか?
だから、官僚ですよ。書類の在庫チェックとか。
え!そんなことやってたんですか?
そうですよ。ルールを決めたり、町の治安を守ったり、年貢の徴収と管理だったり、あと、土木的なやつですよね。川の氾濫しないようにとか、そういう公的な仕事全般。
ということは、公務員っていう感じですか?
公務員というよりも、殿様に雇われてるサラリーマンに近いですね。
なんと!サラリーマンですか?全然イメージと違いますけど。
国というよりは藩ごとに雇われてて、雇ってもらえない人が浪人になる。
浪人っていうのは、今でいうプータローみたいなもんですか?
そうです。武士はお家と繋がった「ご恩と奉公」に生きるので、転職が難しく、傘張りとかするんですよ。昔の日本でサラリーマンの転職が良しとされてなかったのと同じです。
じゃあ、クビになったら大変?
赤穂浪士なんかも、お家取り潰しになったので全員クビなわけですよ。クビになって仕事がなく、「仇討ち」しか奉公の道がなかった。
なんか時代劇とかなり違いますね。実際は「殿様に雇われないと仕事がない」サラリーマンだったと。
だから滅んじゃったわけですよ。
サラリーマンだったから?
サラリーマンしか出来ないんで、明治維新後に仕事がなくなったんですよ。
警官とかになったら、いいじゃないですか?
一部なるんですけど、とにかく士族の人数が多すぎたんですね。
で、仕事がなくなった?
仕事がなく、奉公先もなく士族の反乱が起こるわけです。
それで?
最後は「西郷どん」でやってた西南戦争ですよ。映画「ラストサムライ」です。士族の時代がジ・エンド。
…次回へ続く…