このコンテンツについて
なぜこんなツマラナイものにこだわるのだろう。そういう「ちょっと変わった人」っていますよね。市川さんはまさにそういう人。でもそういう人が今の時代にはとても大事。なぜなら一見ビジネスになんの関係もなさそうな、絶対にお金にならなそうなものが、価値を生み出す時代だから。凝り固まった自分の頭をほぐすために、ぜひ一度(騙されたと思って)市川ワールドへ足を踏み入れてみてください。
「デフレと言いながら、好きな定食が800円が1,300円になっている…」
僕にはかれこれ四半世紀ほど通っている飲食店があります。
皆さんもそういうお店、ありませんか?
そのお店にはお気に入りの定食があって、その価格が20数年前は800円(税別)でした。
消費税がその頃は5%でしたが、「消費税はおまけしておくね♪」と女将さんらしき方からいつもサービスしてもらっていました。(若い頃、なぜかおばちゃんにすごく気に入られましたw)
僕の後ろに並んでいたサラリーマン男性からは、「はい、840円ッ!(キリッ)」ときっちり徴収していましたが・・・
そのお気に入りの定食も四半世紀が経った今では、なんと、1,300円(税別)ですよ!
(そして、僕に優しかった女将さんはお店には立っていませんから、消費税はきっちり取られます・・・)
1.6倍以上高くなっているわけです。
ところが、平均給与は1.6倍になったりはしていませんから、「高くなったなぁ」と感じますね。
ちなみに、僕が暮らしている愛知県の最低賃金(時給)で見ると、実は1.6倍くらいになっていて、もしかすると妥当な値上げなのかもしれません。
ところで、値決めってどうやっているのでしょうか?
何となく原価がわかっちゃう街の定食屋さんのメニューとか、値上げし辛いんじゃない?って勝手に思っちゃうのですが。
飲食店や小売店などのBtoCビジネスでは、クレジットカード、電子マネー、交通カードなど様々な決済方法を用意していますし、お店側の手数料も馬鹿になりません。その分の値上げというのもあるでしょうね。
豊富な決済方法って顧客側からするとありがたくて、僕は現金支払いしか選択肢がないというだけで、足が遠のいてしまいますね。
実際、キャッシュレス化によって、長財布の売上シェアも下がっているようですよ。
モバイルオーダーで注文から支払いまで済ませられるお店もあります。
財布をカバンから取り出して、現金を・・・なんて行動そのものが無くなるわけです。
そうなると、レジも要りませんし、レジに立つ人も両替用のお金も不要になります。無銭飲食も防げますしね。
さらに、デジタル化が進めば、飲食店のメニューを知り合いに贈る(支払いは送り手側)こともできますよね。(『ごちめし』というサービスがありますね)
また、ギフトを贈るというサービスでは、LINEヤフーの『LINEギフト』が凄まじい人気で、売上を伸ばしているそうです。
ギフトがデジタルチケットのようになることで、住所を知らなくても気軽にギフトを贈ることができるようになりました。
結果、これまでギフトでは贈らないようなカジュアルなものや、そもそも配送できないものまで、ギフト需要が幅広く掘り起こされたというわけです。そりゃ、盛り上がりますよね。
改めて、世の中、恐ろしいスピードで変化していきますよね。
四半世紀もの時間があれば、僕らも色々できたはずですが、全く大したことやってませんからね・・・
これまで何をやっていたんだ!?って頭が真っ白になりますよ。
著者/市川 厚(いちかわ あつし)
株式会社ライオンハート 代表取締役会長
https://www.lionheart.co.jp/
LH&creatives Inc.(フィリピン法人) CEO
https://lionheart.asia/
<経歴>
三重県の陶芸家の家に生まれる。
(僕が継がなかったので、父の代で終焉を迎えることになる…)
大学時代、遅めの中二病を発症。経済学部に入ったのに、何を思ったか「ファッションデザイナーになるんや!」と思い立ち、大学を中退。アパレル企業に就職。
ところが、現実は甘くなく、全く使えない僕に業を煮やした社長から、「Webサイト作れないとクビだからな!」と言われ、泣く(T_T)パソコンの電源の付け方も知らなかったけど、気合でWebサイト制作を習得。しかし、実際のところは、言い訳ばかりで全く成長できず・・・怒られて、毎日泣く(T_T)そんな頃、「デザインにも色々ある」と改めて気づいて、広告業界へ転職、広告制作会社のデザイナーとしてのキャリアをスタート。
「今度は言い訳をしない!」と決めて仕事に没頭し、四六時中仕事していたら、黒目がめくれ上がってきて、眼科医から「失明するよ」と言われ、ビビる。2004年勤務先で出会った同僚や友人を誘って起業、有限会社ライオンハートを設立(現 株式会社ライオンハート)。ところが、創業メンバーとあっさり分裂、人間不信に。残ったメンバーと再スタート。
2014年、設立10周年を機に、創業メンバーで唯一残っていた人間を日本法人の社長にし、自身は会長になり動きやすい状態を創る。この頃からブランディングエージェンシーを名乗り始める。
2016年、フィリピン(マニラ)にITアウトソーシング企業(LH&creatives Inc.)を設立。設立準備期間から家族とともに移り住み、フィリピンで3年半を過ごす。
フィリピン人マネジメントを通して、猜疑心の塊になり、性悪説に変わる。
2019年6月、日本に帰国し、日本法人のマネジメントに復帰。社内コミュニケーションを充実させるために席替えしたり、誰も掃除しない椅子をきれいにしたり、「眠いときはしゃべった方が良いよねッ」ってスタッフに話しかけながら仕事をするなど、独自のインナー・ブランディングの理論を実験していたところ、会社の調子が上がった。そもそもブランディングってなんだ?と思っていたところに、BFIの安田さんと出会い、勝手にご縁を感じてコンサルを受けてみる。そしたら安田さんに誘われ、2020年、anote konoteに参加することに。