この記事について
自分の絵を描いてもらう。そう聞くと肖像画しか思い浮かびませんよね。門間由佳は肖像画ではない“私の絵”を描いてくれる人。人はひとりひとり違います。違った長所があり、違った短所があり、違うテーマをもって生きています。でも人は自分のことがよく分かりません。だからせっかくの長所を活かせない。同じ失敗ばかり繰り返してしまう。いつの間にか目的からズレていってしまう。そんな時、私が立ち返る場所。私が私に向き合える時間。それが門間由佳の描く“私の絵”なのです。一体どうやってストーリーを掘り起こすのか。どのようにして絵を紡いでいくのか。そのプロセスをこのコンテンツで紹介していきます。
『十一面観音龍(正面)』|真実を求める旅路~ガンジーの実験から始まった内面探求~
ペンとノートだけの魔法
毎日書いていくだけで、健康が改善して、知的生産も高まる。
必要なのは、ペンとノートだけ。
魔法?いえ、魔法ではないのです。
魔法ではないけれど、
その効果は、まるで尽きない泉のような創造性と行動力をもたらします。
それは学術的にも「ジャーナリング」として何十年も研究されているもの。
書く瞑想、とも呼ばれています。
免疫機能に影響を与え、健康上の悩みを和らげ、環境への適応、
さらには知的生産を高める可能性があると言われています。
「ジャーナリング」の「ジャーナル」は、フランス語で「日」を意味する「jour」に由来。日々の出来事や、自分の感じたことを書くこと。「ジャーナリング」は、出来事を書くだけでなく、心の内からの思考や感情を含むように書くのが肝なのです。
ヴァージニア・ウルフ、アーネスト・ヘミングウェイなどは、「ジャーナリング」によって、試練に耐え、偉大で影響力のある作品を創り出しました。
実は、私は大学を卒業してから今まで、「ジャーナリング」を続けて記録に残しています。その実践が、思いもよらない創造的な発見へと導いてくれたのです。
運命的な出会い
私の人生を決定づけた出会いは、大学1年の時に訪れました。
マハトマ・ガンジーの自叙伝を手に取った瞬間から、
私の芸術への向き合い方は根本的に変わったのです。
ガンジーが生涯をかけて追求した「真実への実験」は、単なる政治的な抵抗運動ではありません。日常の小さな選択から大きな社会変革まで、一貫した精神的実践だったのです。
「私の人生そのものが実験である」という彼の言葉に深く触発された私は、美大生として、そして幼稚園から習字を習って筆に親しんだ自分の身体性を活かして、ガンジーの「真実の実験」を作品作りとして表現することを決めました。
卒業制作では、この取り組みが評価され賞をいただくことができました。
しかし、大学卒業後、どのように作品の方向性を作っていったらいいかの師やモデルがいない状況に直面したのです。
自問自答から生まれた実践
そこで私が選んだ道は、自分で自問自答しながら絵を描き続けることでした。自然と、自分の感じたことや考えたこと、魂の叫びをノートに書くようになりました。これが、私にとってのジャーナリングの始まりだったのです。
その後、長年のクライアントセッションを通じて気づいたのですが、ジャーナリングは、その人の個性に合わせて無数の形を取ることができる、まさに「真実への実験」の道具だったのです。
言葉を超えた表現—新たな次元への扉
何十年の実践を通じて、私は一つの重要な発見をしました。それは言葉にできない感情が色と形として現れてくるということです。
どんなに言葉を尽くしても、内面のすべてを表現しきれない瞬間があります。特に、深い感情や直感的な気づきは、言語の枠を超えたところに存在することが多いのです。そんな時、造形言語が持つ力が発揮されます。
ジャーナリングで掘り起こした感情や直感と、造形言語が何十年もかかって融合し、色と形で表現する実験として結実していきました。
例えば、文字では「悲しい」としか書けなかった感情が、深い藍色のグラデーションとなって現れる。「希望」という言葉では捉えきれない気持ちが、黄金色の光として画面に踊り出る。
画面の中で要素をどう配置するか、色をどう重ねるか、線をどう引くか‥‥。
言葉では表現できない内面の動きを形にする作業となっていきました。
絵を描くことは、自分の心の中にある混沌とした感情や思考を、視覚的な形として表現する行為となっていきました。
東洋の智慧との融合
そして数年前、新たなイメージが訪れました。
十一面観音と龍の姿が自然と合わさって現れてきたのです。最初は偶然だと思っていましたが、やがてその必然性に気づくことになります。
十一面観音は、奈良時代から人々の苦しみに寄り添い続けてきた慈悲の象徴です。11の顔は、あらゆる衆生を救うための多面的な慈悲を表し、人間のあらゆる状態を受け入れる「多面的な受容」を象徴しています。
龍は、主に東アジア文化圏において天と地を結ぶ神聖な存在として崇められてきました。変化の力、創造のエネルギー、そして「流れ」そのものを体現する存在です。
ガンジーが追求した「真実」とは、あらゆる存在への慈悲に基づくものでした。十一面観音の11の顔は、まさにその多面的な慈悲を表し、龍は真実を求める魂の動的なエネルギー、変化を恐れない勇気を象徴していたのです。
新しい内面対話の可能性
こうして、ガンジーのインドの智慧、東洋の精神的象徴、そして西洋のジャーナリング技法が、私の中で一つの実践として統合されました。
これは文化の寄せ集めではありません。人類が長い歴史の中で培ってきた「真実を生きる」ための智慧を、現代的な手法で実践可能な形に翻訳する試みなのです。
新しく生まれた実践は、「見る→感じる→書く→理解する」という循環を生み出しました。絵が「感情の扉」を開き、文字が「理解の橋」を架ける‥‥相互作用が、従来の内省法では到達できない深い気づきを生み出します。
必要なものは「ペンとノート」だけ。そして静かに向き合う時間があれば、あなたも今日から始めることができます。
ガンジーが始めた真実への実験は、今もここで続いているのです。
著者の自己紹介
ビジョンクリエイター/画家の門間由佳です。
私にはたまたま経営者のお客さんが多くいらっしゃいます。大好きな絵を仕事にしようと思ったら、自然にそうなりました。
今、画廊を通さないで直接お客様と出会い、つながるスタイルで【深層ビジョナリープログラム】というオーダー絵画を届けています。
そして絵を見続けたお客様から「収益が増えた」「支店を出せた」「事業の多角化に成功した」「夫婦仲が良くなった」「ずっと伝えられなかった気持ちを家族に伝えられた」「存在意義を噛み締められた」など声をいただいています。
人はテーマを意識することで強みをより生かせるようになります。でも多くの人は自分のテーマに気がついていません。ふと気づいても、すぐに忘れてしまいます。
人生
の節目には様々なテーマが訪れます。
経営に迷った時、ネガティブになりそうな時、新たなステージに向かう時などは、自分のテーマを意識することが大切です。
また、社会人として旅立つ我が子や、やがて大人になって壁にぶつかる孫に、想いと愛情を伝えると、その後の人生の指針となるでしょう。引退した父や母の今までを振り返ることは、ファミリーヒストリーの貴重な機会となります。そして、最も身近な夫や妻へずっと伝えられなかった感謝を伝えることは、絆を強めます。そしてまた、亡くなった親兄弟を、残された家族や友人と偲び語らうことでみなの気持ちが再生されます。
こういった人生の起点となる重要なテーマほど、大切に心の中にしまいこまれてカタチにしづらいものです。
でも、絵にしてあげることで立ち返る場所を手に入れることができます。