
こんにちは。いつも楽しく拝聴しております。私は狭い世界で育ち、「女性は男性を支えてこそ」という価値観で育ち、「いい嫁とは」なんてばかり考えてきましたが、ここ数年で気持ちも変わってきました。いまでは「仕事に対するモチベーションの低いダンナを持ち上げるくらいなら、私が養ってやろうか」と意気込んでる次第です。ここで質問です。私には4歳、2歳の子どもがおり子育て真っ盛りなのですが、父親・母親の役割の違いはあると思いますか?「母親は特別だ」と言われておりますが、それは父親がその気になれば補えるのでしょうか?ちなみに、ダンナさんは“主夫”になる気満々で、家事も積極的に協力してくれています。みなさまの意見をお聞かせいただきたいです。ということでございます。

どうなんですか、ちょっと私、専門分野ではないんでわかんないんですけど。母親にしか担えない役割みたいな、それはたとえば「女性にしか」とか「男性にしか」っていうとこでいくと、「男性的な女性」とか「女性的な男性」っているじゃないですか。そういう意味では「母親的な父親」とかっているんですか?

まあ、そうですね。つわりとかで自分ひとりの体じゃないことを思い知らされ、仕事も減らさなきゃいけないみたいなことを思い知らされていくわけですけど、でも、結局それも徐々に母親になっていくんですよ。と私は思っているんです。

で、子どもが生まれたあとも、「仕事モードでいっちゃうとうまくいかない」みたいなことも徐々に学んでいくので。だから結局、お母さんとお父さんの違いがあるとして、何が分けてるかっていうと、やっぱ私は「時間」だと思いますね。子どもと一緒にいる時間。だから、性差じゃないと私は思ってます。

子どもとね。ところが、お父さんっていうのは単なる他人みたいなもんで、最初、子どもはにおいだけでもお母さんってわかるらしいんですよ。目が見えないうちからね。だけど、お父さんっていうのは、物心つく頃までは「よくうちに来るおじさん」っていうイメージらしいんですよ。で、だんだんと「これがお父さんという人なんだよ」って言われてお父さんになるけど、お母さんは本能で「お母さん」っていうことがわかると。これは神様の意見ですから。

だって、見てないんだもん、おなかの中で。はじめて会うし、エコーの顔とぜんぜん違うし、「あ、こんな顔だったんだ」。で、そこでたとえば別の赤ちゃんとすり替えられてもわからないので、だからぜんぜん私は、子どものことはめちゃくちゃ愛しているし、かけがえがないものですけど、それはやっぱ時間が育ててきたと思ってます。

もとの正しい両親のもとへ戻そうっていうことになって、でも福山雅治はすごい仕事のできる人で、息子に対してちょっと「なんでこいつは」みたいに思ってたんですよ。それで自分の子どもじゃないとわかって、「ああ、やっぱりな」みたいなのがあって、奥さん的にはそれが許せなかったみたいな。でも、本当の子どもが返ってくるんですけど、本当の子どもは育ての親のほうに行きたがるんですよ。

で、自分が育てた子どもも、育ての親のほうがやっぱり情っていうかつながりが強いんで帰って来たがるんですけど、「いやいや、おまえはあっちだから」みたいなことになって、めっちゃ冷たい人なんですが、最終的には育ての親のもとにそれぞれが戻っていくっていうような、そんなお話だった気が。っていう意味では……

それで、やっぱりダンナさんのほうがお母さんに小言をいったりするんですって。「もう!食器出しっぱなしで!」みたいなことを言ったりするって言ってて。だからぜんぜん関係ないんだなって。私はそのマンガでそういう気持ちを深めたっていうのもありますけどね。

でも、この場合は、つまりは「ダンナがそれでいいのか」っていうことがいちばん大事で、ダンナさんが専業主夫になる気満々で、奥さんは「なんだったら私が働いて稼ぎたい」って思ってるんだから、100-0になんなくてもべつにいいとは思いますけど、バランス的に、奥さんが働いてダンナが子育てする時間が長いっていうのは、ぜんぜんいいんじゃないかって気がします。

僕、友達がね、すごいむかしですけど、学生時代、学生だからお金ないじゃないですか。彼女がすごいお金持ちのお医者さんの娘だった友達がいて、彼女にいつもお金出してもらって旅行とか行ってて、その人が、すげえうらやましかったんですよ。でも、あるとき一緒にご飯食べてて、自分で好きなもの頼もうとしたら「だめ!」って言われて、彼女に。「これにしなさい」って言われて、「あんた、誰のお金で来てんの?」みたいなことを言われて(笑)
*本ぺージは、2019年3月20日、ポッドキャスト「安田佳生のゲリラマーケティング」において配信された内容です。音声はこちらから
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