第98回「正しい値下げとは?」

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第98回「正しい値下げとは?


安田

“値下げは社員への冒涜だ”って、言ってましたよね?

久野

はい。そう思います。

安田

値段を下げるってことは「ウチの社員はその程度」「うちの社員の時給は安い」と言ってるようなもんだと。

久野

そうです。やっぱり値上げすることを経営者は考えないと。

安田

ですよね。でないとこの先やっていけない。社員もついてきませんし。

久野

基本的には常に“値段を上げていく方法”を考えなきゃいけない。

安田

松下幸之助さんが「うちは家電じゃなく、人をつくってる会社だ」という言葉を残されて。でも今やパナソニックはリストラする会社ですよね。

久野

泣いてますよね。松下さん。

安田

値段を下げるとそうなりますか。

久野

低価格で勝負するなら工夫が必要です。

安田

たとえばどのような?

久野

たとえばサイゼリアみたいな。

安田

「なぜこの値段でこんな美味しいメニューが出せるんだ」っていう。

久野

サイゼリアはすごいです。500円でめちゃくちゃおいしい。

安田

ワインなんてボトルで1000円ぐらいで。しかも儲かってるし。

久野

まさに企業努力の賜物ですね。

安田

つまり値下げが“必ずしも悪い”とは言えないと。

久野

研究や技術によって“安いコストでいい商品をつくる”ことは正当な企業努力です。

安田

松下電器もその努力で大企業になったわけですからね。

久野

はい。コストダウン自体が悪いわけじゃないです。

安田

コストの中に人件費が入ってることが問題なんでしょうか。

久野

まさにそうだと思います。

安田

昔から人件費ってコストの中に入ってたんですか?

久野

会計的には入ってますね。製造原価の中にも入ってます。

安田

販売原価にも入ってますよね。

久野

はい。営業マンの人件費とか。

安田

ということは人件費も含めて“コストを下げていく”という考えは正しいと。

久野

働く人の“付加価値”を上げることが重要なんです。中小企業の場合は、それがほぼイコール値段と直結してる。だから値段を絶対下げちゃいけない。

安田

大企業は違うんですか?

久野

大企業なら価格を下げることで社員の生産性が上がることもあります。

安田

中小企業の場合はない?

久野

ほぼないでしょうね。大企業には“イノベーション的に価格破壊できる”可能性がありますから。ユニクロなんかはそのいい例だと思います。

安田

ユニクロは海外生産ですけど。

久野

そこも含めたイノベーションですよね。国内だけでやってる企業では起こりえないことなので。

安田

なるほど。だから中小企業は厳しいと。

久野

中小企業にはそういうコストダウンができない。だから値下げは“危ないんじゃないの?”って話です。

安田

中小企業はとにかく“値上げ”することを考えろと。

久野

そうです。

安田

でも値上げしただけだと売れない。だから付加価値を高めようと。

久野

そういうことです。

安田

大企業でも“しわ寄せが人件費にいってる”会社があります。ワタミとか典型ですよ。

久野

はい。大きい会社だから必ずしも値下げが吸収できるわけじゃない。

安田

その境目は何ですか?

久野

ワタミは労働集約型ですから。そもそも大企業がやるモデルじゃない。

安田

大手がやるべきなのはどんなモデルですか?

久野

裏の厨房に行ったらAIやロボットを使ってガンガン調理してるとか。

安田

まさにサイゼリアですね。

久野

逆に接客から人をなくしてもいい。 “他の会社よりも人手がいらなくなってる”っていうのがキーワード。

安田

なるほど。でも飲食店って労働集約型になりがちですよね。

久野

出せば出すほど生産性が下がるモデルはまずいです。

安田

鍼灸院なんかでも同じですね。店舗を増やせば増やすほど価値が薄れていく。

久野

そうですね。有名な先生が一人でやってる時は生産性が高いんですけど。拡大して100人にした瞬間に尋常じゃないぐらい生産性が落ちます。

安田

落とさない方法ってあるんですか。

久野

そこが仕組みだと思うんですよ。

安田

人間の労働力でカバーしようってところはダメだと。

久野

ダメですね。いつか破綻します。

安田

やっぱり雇わない経営ですね(笑)いかに人を減らすかという工夫。

久野

そうですね。人をたくさん使うモデルは、最後には海外の安い労働力と戦うことになるので。

安田

日本人の人件費も下がってきてますけど。

久野

日本人を使うなら最低でも時給1000円以上という視点に立って考えないと。現実的には1300〜1500円を想定しないといけない。

安田

それが人を雇うひとつの基準だと。

久野

それだけ払っても雇うだけの付加価値が生まれてるのかどうか。そこをチェックしながら拡大していく。

安田

なるほど。

久野

拡大すると売上は増えていくんですよ。でも収益性はどんどん落ちてる。だから拡大するほど苦しくなっていく。

安田

よくあるパターンですね。

久野

よくあるパターンです。規模の拡大に比例して人が増えるモデルはすごく危険。

安田

労働集約型の事業は拡大しないほうがいいと。

久野

生産性を維持できないなら絶対拡大しないほうがいいです。社員は幸せにならないですから。

安田

拡大よりも、1人当たりの付加価値を高めた方がいい?

久野

その通りです。

安田

拡大するってことは“誰がやってもいいように標準化する”ってことですからね。

久野

そういう拡大をすると、どうしても価値が劣化していく。

安田

ですよね。

久野

拡大して、劣化して、みんな駄目になっていくんです。

安田

中小企業ってほとんどが労働集約型じゃないですか。

久野

そうですね。

安田

だから拡大するなってことですね。

久野

いえ。生産性を高めながら拡大できるならOKです。生産性を下げて拡大すると、もうその時点で終わりは見えてます。最後は必ずキャッシュアウトします。



久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

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