ルールに隠された意図を読め!
第99回「メンバーシップ型雇用の行く末」

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第99回「メンバーシップ型雇用の行く末


安田

大阪医科大学の判決見ましたか?最高裁の。

久野

「アルバイトに賞与がでないのは妥当である」という判決ですよね。

安田

そうです。だけど「非正規の手当をなくすのは駄目」って判決が出たこともあって。

久野

ありましたね。

安田

会社の味方なのか。それとも労働者の味方なのか。判決だけ見てると、どっちなのかよく分からないんですけど。

久野

今回の判決で分からなくなりましたね。

安田

プロでも分かりませんか。

久野

“同一労働同一賃金”の狙いは、雇用形態をジョブ型にもっていくことなんですよ。

安田

そうなんですか?

久野

「女性だから」「契約社員だから」という理由だけで時給が違うのは、明らかに誰が考えてもおかしいですよね。

安田

同じ仕事ならおかしいですね。

久野

そこを「何とかしたい」ってのが基本理念です。

安田

なるほど。

久野

ここはみんなが納得できる部分ですよね。

安田

まったく同じ仕事だったら、そうあるべきです。

久野

ただ日本って、そもそもメンバーシップ型ですよね。「入ったら何でもやる」という。

安田

正社員=メンバーシップ型というイメージですね。

久野

そうなんです。

安田

解雇されないし、手厚く守られてる代わりに、会社の命令は絶対。やれって言われた事は何でもやる。仕事は選べないし、異動もしなくちゃいけない。

久野

そことセットになってますよね。

安田

はい。

久野

だから「同じ仕事」の解釈が難しいんです。

安田

「異動もなく職務も決まってる人と、本当に同じなのか?」っていう。

久野

そうなんですよ。パートはジョブ型に近いから、正社員はみんな違和感を持ってます。

安田

正社員は会社に来たら何でもやらなきゃいけないのに。パートは違うじゃないかと。

久野

経営者もパートさんには気を使ってます。「主婦だから仕事はこれぐらいじゃないと駄目かな」って。それが現場の本音です。

安田

メンバーシップ型ってかなり会社に有利ですけど。なぜこんな制度になったんですか?

久野

高度成長期は「明日どこどこの支店を立ち上げなきゃいけない」「明日からこういう製品つくらなくちゃいけない」というスピード感が必要だったから。

安田

いちいち話し合ってたら間に合わないと。命令されたら即異動で。

久野

その通りです。でも今はその事情が変わってしまいました。

安田

スピードだけじゃダメだと。

久野

もっと業務を掘り下げて、付加価値を生み出さなきゃいけない。

安田

言われたことをやるだけの社員では、儲からないですからね。

久野

とはいえ日本では専門職はフォーカスされにくい。いまだにメンバーシップ雇用が続いてますから。

安田

ジョブ型の正社員なんてほとんど聞かないですもんね。

久野

なので“同一労働同一賃金”というルールを使って、ジョブ型にもっていこうとしてる。

安田

そんなことできますか?

久野

難しいでしょうね。雇用の根幹から変えてかなきゃいけないので。

安田

ですよね。「なんでもやります」から「これしかやりません」に変わっちゃうわけで。

久野

そうなんですけど、国としては是が非でも生産性を高めたい。

安田

高まりますか?「これしかやりません」という雇用形態にして。

久野

世界にはゼネラリストよりはるかに稼ぐスペシャリストがたくさんいます。

安田

トップレベルのスペシャリストはそうですけど。全体の1割もいないですよ。

久野

そうですね。このままだとほとんどの人の給料は下がります。

安田

パートさんも言い換えればレジのスペシャリストですし。電話受付のスペシャリストとか。高い報酬を払いようがない。

久野

そういう安いジョブはITや機械に置き換えなきゃいけない。もしくは海外に仕事を移すか。それが本来あるべき姿。

安田

トップレベルのスペシャリストだけを増やしていくと。

久野

それが日本の目指している姿ですね。

安田

ゼネラリストはどうなっていくんでしょう?

久野

ゼネラリストの中には“生産性の低い仕事”がめちゃくちゃ詰まってるわけです。

安田

何でもやらせちゃうから?

久野

はい。日本って先進国なのに、後進国の仕事まで請け負ってる状態なんです。

安田

何でもやる社員がいるから、どんな仕事でも受けてしまうと。

久野

受けちゃうんですよ。少しでも利益が出た方がいいという考えで。

安田

中小企業の現場はずっとそういう状態ですよね。

久野

次のステップに行かなきゃいけない。儲かってる部分だけをやるっていう。

安田

そのためには、レベルの高いスペシャリストを増やさなきゃいけないと。

久野

その通りです。

安田

パートナーシップ雇用は減っていくんですか。

久野

減っていくと思います。無くなりはしないですけど。

安田

どうしてなくならないんですか?

久野

スペシャリストをつなぐゼネラリストが必要だから。

安田

スペシャリストをつなぐ?

久野

スペシャリストって、ある意味「周りが見えてない人たち」なので。コーディネーターの役割をする人が必要なんですよ。

安田

スペシャリスト同士をくっつける仕事ですか。

久野

はい。

安田

それってスペシャリストじゃないんですか。

久野

そうとも言えます。

安田

ゼネラリストって「何でもやる人」みたいなイメージなんですけど。

久野

それだと単なる便利屋さんになってしまいますね。

安田

単なる便利屋さんの仕事はなくなる?

久野

中途半端な人はすごく安くなります。

安田

報酬を増やすにはどうしたらいいんですか?

久野

仕事の全体像が見えるような人になる。あるいはマルチタスクが可能な人。

安田

つまりコーディネーターとして機能するってことですよね。

久野

そうです。そこだけが少数精鋭で高くなっていく。

安田

スペシャリスト化した高度なゼネラリストってことですね。

久野

そうです。雑用係みたいなゼネラリストはどんどん下がっていく。

安田

ゼネラリストの中にも格差が出来ちゃうと。

久野

想像を絶する格差が生まれると思います。



久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

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