第134回 入れる労災には入っておけ

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第134回「入れる労災には入っておけ」


安田

Uber Eatsとエンジニア? そこに共通点があると。

久野

はい。Uberの自転車配達員とITエンジニア。どちらも基本、業務委託じゃないですか。

安田

そうですね。

久野

だから基本的には何の保障もないですよね。

安田

社会保険に関してはそうですね。

久野

労災保険って普通、従業員じゃないと入れないので。そこが変更になりますよという話で。

安田

Uberの自転車配達員でも労災保険に入れるようになると。

久野

自分で入らなきゃいけないんですけど。入れるようになります。

安田

それはいつから?

久野

この9月から改正されます。

安田

労災保険って、そんなにメリットあるんですか。

久野

日本の労災ってめちゃくちゃすごいんですよ。安田さんは入ってないと思いますけど。

安田

労災って経営者は入れないですよね。

久野

私、社長なのに入ってるんです。

安田

え!入れるんですか?

久野

入れるんです。これは裏技がありまして。

安田

裏技?教えてください。

久野

中小企業主の特別加入というもので、社長でも入れる。

安田

失業保険にも入れるんですか?

久野

失業保険は入れない。

安田

ですよね。

久野

社長って、失業してるかしてないか分からない状態じゃないですか。

安田

確かに。給料が出ないことなんて日常茶飯事ですからね。だけど労災には入れると。

久野

たとえば一人親方って呼ばれる建設業の人がいますよね。

安田

はい。

久野

親方さんは労災に入れるんです。だから仕事中に事故にあうと大きな補償が受けられる。今回はそれが自転車配達員とフリーのITエンジニアさんに拡大されます。

安田

それは個人がお金を払って入るんですか。

久野

はい。個人がお金払って入るんです。

安田

じゃ、Uberが配達員を社保に入れなきゃいけないという話ではない。

久野

違います。

安田

個人は強制的に入らなくちゃいけないんですか。

久野

いえ、入らなくてもいいんですけど。保険料もめちゃくちゃ安いので、変な保険に入るよりもずっといいです。

安田

民間の保険よりいい?

久野

「これだけ入っておけば大丈夫じゃないか」というレベル。特にITエンジニアさんなんて仕事の期間が長いから、保険に入ってないのは不安じゃないですか。

安田

どこが保険をまとめてるんですか。

久野

厚生労働省が管轄で、組合みたいなところが管理してます。

安田

みんなから集めたお金を、組合が運用してるってことですか。

久野

いえ。組合が集めて加入者に戻してるだけ。会社員が入ってる労災と同じです。

安田

国に預けておくと、いつの間にかいらない建物造ってたりしますけど。

久野

それはまた別の問題ですね。

安田

久野さんは「民間の保険に入るより条件がいい」って言うじゃないですか。

久野

そこは間違いないです。

安田

民間の保険会社って資金を運用して増やしてますよね。彼らは金融のプロだし、結果的にこちらの方がリターンは大きそうに見えるんですけど。

久野

そこは安田さん、認識が間違ってます。

安田

間違ってますか。

久野

そもそも保険会社の手数料が含まれてるので。

安田

営業マンの報酬とかですか?

久野

それもありますね。当然、企業の利益も含まれてます。

安田

運用して増やすより、何もしない方がリターンは大きいってことですか。

久野

労災はカバーしてる範囲が非常に狭いんです。逆に言うと絞り込んでいて。相互扶助の考えなので。

安田

銀行借り入れの団信みたいなものですか。

久野

そうです。国民全員から集めて、仕事中に亡くなった人だけに大量に補償するという制度。だから資金効率はめちゃくちゃいいです。

安田

利害関係はなしだと。

久野

誰も儲けようとは思ってなくて。国民団体からプールしてるだけ。だから何もなければ返ってこないです。

安田

つまり掛け捨てってことですか。

久野

掛け捨てですね。

安田

掛け金はいくらぐらいなんですか?

久野

補償額は自分で選べるんです。たとえば日額1万円の補償をもらうとすると、ITエンジニアだと年間1万950円。

安田

月1000円弱ですね。

久野

そうです。死んだら奥さんに年間153万円、奥さんが死ぬまでずっと払われます。

安田

年間153万円で生活できますか、奥さん。

久野

それは年間で1万ちょっとしか保険料を払ってないケース。2万円払ったら、その2倍もらえます。

安田

ということは年間3万円払っておけば、奥さんは死ぬまで459万円もらえるってことですか?

久野

いえ。2万5000円までしか払えないので。

安田

上限があるんですね。

久野

はい。マックスの掛け金が年間2万7375円で、死んだら奥さんが382万5000円受け取れます。

安田

それが死ぬまでずっと続くと。すごいですね。

久野

障害はもっとすごいですよ。障害1級だと782万5000円。

安田

そうか。生きてる方がお金かかるから。

久野

はい。782万5000円が死ぬまで払われるんです。

安田

なぜ運用もしていないのにそんなに払えるんですか?

久野

皆さんが思うほど人は死なないんですよ。

安田

なるほど。変に運用するより、集めたものをきちんと分配した方がいいと。

久野

はい。

安田

営業マンの報酬も保険会社の利益も持っていかれないし。

久野

そうなんですよ。

安田

ITエンジニアやUber Eatsやるんだったら入っておけと。

久野

入れる労災には絶対に入った方がいいです。

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久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

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