第221回 パート“錬金術”の終焉

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第221回「パート“錬金術”の終焉」


久野

これすごいですよ。イオンさん。

安田

パートと正社員を完全に同待遇にするんですよね。

久野

そうです。同じ仕事をしているのに「時給が違うのはおかしいだろ」って話で。

安田

この記事のパートさんは月120時間以上働いて、マネージャーとかリーダーとか呼ばれていて。社員と同じって当たり前だと思うんですけど。

久野

その当たり前がみんな出来ないわけです。

安田

現場を仕切っている人ですよ。安かったら辞めちゃうでしょう。

久野

だから、どんどん退職者が増えてます。

安田

そりゃそうですよ。今までよくこれで成り立ってましたね。

久野

大手では同一労働同一賃金が2020年から始まっていまして。中小も2021年から法律化されてます。

安田

とっくに法整備は終わってると。

久野

終わってます。そもそも日本はパートになった瞬間、契約社員になった瞬間に、年収が半分とか4割とかになってしまうわけです。

安田

それは労働時間が減ったからではなく?

久野

労働時間も減るんですけど、それ以上に時給が下がっちゃう。正社員だったら2,000円を超えていたのが、パートになったら1,000円を切るとか。

安田

同じ仕事をしても下がるんですか。

久野

ほとんど同じでもそうなっちゃう。日本では仕事の中身ではなくロイヤリティに対してお金を払うので。

安田

ロイヤリティに対して?

久野

「長時間働けます」「残業できます」というスピリットに対して、正社員という立場が与えられていて、そこは待遇がいいよと。

安田

「転勤も受けます」「上司の飲みにも付き合います」と。

久野

そうそう(笑)

安田

今どきの社員はそこまでやってくれませんけど。

久野

そうなんですよ。WBCの時も「有給取ります」という人がたくさんいました。

安田

仕事よりもWBCだと(笑)

久野

今はそういうロイヤリティですね。

安田

だったらパートと何が違うのか。

久野

「パートは安くてもいいんだ。こっちが雇ってやってるんだ」という感覚ですね。海外では絶対あり得ない話ですけど。

安田

海外だったらデモが起きますよ(笑)

久野

とくに子育てで短時間になった女性が被害を被ってまして。正社員と同じような仕事をしてパフォーマンスも変わらないのに、時給だけが4割になっちゃう。

安田

酷い話ですね。

久野

パートの人が現場を動かして新人を教えているのに、給料は新人の社員より安い。

安田

「それはおかしい」って経営者は思わないんでしょうか。

久野

小売業は優秀なパートがいないと売り場が成り立たないんです。それなのに正社員の半分以下で働いてるのが現状ですね。

安田

それをイオンさんは「同じにしよう」ってことですね。

久野

そうです。当たり前だけど誰もやらなかったんです。

安田

ロイヤリティとか、飲みに付き合うとかじゃなく。仕事内容で判断しようと。

久野

はい。仕事内容とパフォーマンスで判断すると言ってます。

安田

実際のパフォーマンスはどうなんでしょう。

久野

社員よりパフォーマンスの高いパートはたくさんいます。

安田

だけどロイヤリティの問題で上げてこなかったと。

久野

じつは正社員10人より、パート20人のほうが収益が出ちゃうんです。パートを使うことによって利益を上げてきた過去があって。

安田

なんと。

久野

社員というだけで高くなっちゃう。本来なら正社員を下げるという作用を働かせないと絶対おかしいんです。

安田

つまり同一労働同一賃金になると、上がるパートが出ると同時に、下がる社員も出てくると。

久野

はい。同一労働同一賃金を恐れるべきは社員だと思います。

安田

でも「いったん上げた給料はなかなか下げられない」って、言ってましたよね。

久野

下げるのは厳しいです。なので現実的には社員の給料に合わせてパートの報酬を上げることになる。

安田

それで企業の収益は大丈夫なんでしょうか。

久野

厳しいと思います。だから必死でいろんな手を考えると思います。

安田

無駄な社員を雇いすぎなんでしょうね。

久野

もともと政府は2021年に本気で「同一労働同一賃金」をやろうと思っていたんです。だけどコロナが来て有耶無耶になっちゃった。

安田

それが3年遅れで始まると。

久野

はい。これは社労士史上、最も大変な変革じゃないかと言われてます。

安田

そうなんですか?

久野

これは大変なことになるぞと。正直この手の裁判がめちゃくちゃ起きているんです。

安田

この手の裁判とは?

久野

パートが「正社員と同じ仕事をやっているのに、この手当てが付いていません」とか。「退職金もらっていません」とか。裁判がコロナ前にめちゃくちゃあって。

安田

結果はどうだったんですか。

久野

企業が負けてます。コロナが落ち着いたら、これがボンボン起きるだろうと言われてまして。

安田

企業側はその事実を分かっているんでしょうか。

久野

大手はよく分かってると思います。裁判では軒並み非正規やパートが勝っているので。だからイオンみたいに変えざるを得なくなってくる。

安田

パートを使った“錬金術”はもう終わりってことですね。

久野

パート錬金術は終わりです。ただ、そうなってくると今度は経営がきつくなってくる。

安田

潰れる会社も出てくると。

久野

まずは正社員を下げるフェーズに入ってくると思います。

安田

出来るんですか?

久野

やらざるを得ないです。パフォーマンスの低い人は報酬を下げて、その分優秀な人にはちゃんと高い報酬を払う。そうしないと優秀な人からどんどん抜けていきます。

安田

抜けられるとまずいパートさんって、どれぐらいいるんでしょう。

久野

正直、中小企業の現場にいる女性パートってめちゃくちゃ優秀で。それを安く使わせてもらってきた構造がありまして。

安田

その時代はもう終わりってことですね。

久野

もうとっくに終わっているはずなんです。コロナが来たからとりあえず延命されているだけで。

安田

コロナの終焉と同時に安いパートの終焉が来ると。

久野

間違いなく来ます。報酬を上げられない現場から一斉に優秀なパートがいなくなります。

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久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

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