7年前に採用ビジネスやめた安田佳生と、今年に入って採用ビジネスをやめた石塚毅による対談。なぜ二人は採用ビジネスにサヨナラしたのか。今後、採用ビジネスはどのように変化していくのか。採用を離れた人間だけが語れる、採用ビジネスの未来。
第38回「99%の人はもう、頑張らなくていい」
評価制度が「現場と乖離(かいり)してる」って話ですけど。
はい。乖離してますね。
基本的には、仕事を頑張れば「ポジションと収入も上がっていく」という制度ですけど。そこが既に乖離してるんですか?
そうです。
ニンジンがニンジンになっていない、ということですか?
まず、マネージャーになりたいっていう人は、減りましたよね。
確かに減りました。でもそれは待遇が悪いからじゃないんですか?
いやー、どうでしょうか。
マネージャーになっても、ぜんぜん給料は上がらない。むしろプレイングマネージャーになって実質は減っていく、みたいな。
というより「給料が上がること」へのモチベーションが、ごそっと抜けてる感じがするんですよ。
やっぱり、そこですか。
はい。そもそも生活コストを上げるつもりがないから。
じゃあ、どうしたいんですか?
自分にストレッチをかけることなく、いつも余裕のある状況にしておきたい。
給料は上がらなくてもいい?
緩やかに、なだらかに、上がっていけばいいんじゃないの、と。
生活レベルを上げるために「頑張って稼ぐぞ!」みたいな人は、もういない?
いまの収入でも「そこそこ楽しい暮らし」をしているので。増えたら増えたでいいし。
増えなかったら増えなかったで「まあいいか」みたいな。
だって「家は買いません」「車も所有しません」で、「土日は好きな仲間と集まって、そんなにお金がかからない遊びをします」って感じですよ。
無理してまで頑張る理由がないと?
転勤で家族が離れるぐらいだったら、上に行こうとは思わない。自分の与えられた守備範囲をしっかり守って、まあまあ評価されるのであれば満足。
ホントですか?
はい。むしろ「どうして、そんなことをしないといけないんですか?」って感じですね。
それは中小、大手に関わらず?
はい。両方で増えてますね。
でも、大手の社員さんって、評価の階段を順調に上ってきた人たちでしょ?
もちろん、上を目指す人はいるんですけど、だいぶ減ったってことですよ。
「そこまで頑張らなくてもいいや」って人は、大企業まで行きつかない気がするんですけど。
大企業といっても、いろいろあるんですよ。上場企業だけでも、たくさんあるじゃないですか。ゆるい大企業だってあるわけですよ。
じゃあ、上を目指さない人は、そういう大企業に行き着くと。
実例なんて、いくつも出てきます。
たとえば?
たとえば、有名私大の看板学部出た息子さんが「お父さん、僕決めてきたよ。倉庫会社に決めてきたよ」って。
倉庫会社?
お父さんは「え?」ってなるんですよ。「なんで倉庫会社なんだよ。何やるのかわかってるの?」って。
まあ、そうなりますよね。
すると息子さんは「お父さんてさ、ずっと忙しかったでしょ。倉庫会社だと必ず定時で帰れるし、土日に出なくていいし、それがいいんだ」みたいな。
そういう人が増えていると?
こういう話を、お父さんサイドからいっぱい聞きます。
じゃあ「海外を飛び回りたい」とか「世界を動かしたい」とかは少ない?
すごく少ないです。英語喋れるし、留学経験あるのに「そういうのいいです」って。
ある娘さんは有名大学を出て、そういう会社に入ったんですが、1年で辞めました。
それは、どんな理由で?
土日が仕事だったから。友達に会えない。
それだけですか?
はい。今2つ挙げましたけど、両手足の指でも足りないぐらい(笑)いくらでも出てきます。
仕事の充実なんかより、もっとゆるく生きていきたい、ということですか?
おっしゃる通り。全般的にスローダウンしているんですよ。
そこに合わせていこうと思うと、企業はどんな制度をつくったらいいんですか?
一見難しそうなんですけど、経営視点から考えると「すごく良い時代」とも言えます。
どこらへんが?
総額人件費がものすごく下がる。
下がりますか?
だって、求めてないんですから。従業員満足度を上げつつ、総額人件費を下げていく。
なるほど。それでも人は集まると?
集まると思います。ただし、会社を引っ張っていく次のイノベーターは必要だから、そこは確保しないといけない。
何割ぐらい?
3%未満で良いと思います。
そんなに少なくていいんですか?
十分です。通常は同期入社の100人に1人いればいいんですから。3%もいたら最高ですね。
じゃあ残りの人は、賃金を抑えながら「ゆるく、持続可能な働き方」をしてもらう?
賃金をぐっと減らして、出来ればベーシックインカムも導入してもらって、70か75まで働いてもらう。これが正解のような気がします。
全体の1%が、グローバル競争で勝つためにしのぎを削り、残り99%はゆるくマイペースに生きていくと。
そう思います。
それは、究極の格差社会ってことじゃないでしょうか?
でも、当の本人は「年収700万ぐらいだけど、生活コストかからないし、残業規制で夜もぐっすり眠れるし、それのどこが悪いの?」って感じだと思いますよ。
別段、欲しいものもないと?
ブランドものの時計も欲しくない、車も乗らなくていい、空き家を格安で買って「夫婦で3ヶ月かけてリノベーションしました」みたいな。
600万、700万ぐらいなら、大手は払っていけるってことですか?
余裕ですよ。
じゃあ、ゆるく生きたい人は「定時で帰って、家でゆっくり休んでいいよ」と。
仕事はしくみ化しているし、労働者の質としてはまずまずじゃないですか。
意外と、真面目に働く、良い人がくるかもしれませんね。
ただし、「そもそも人を雇わなくなる」って可能性もありますよ。
確かに。それは起こり得ますね。機械化ってことですよね。
無人にはならないでしょうけど、大企業から「劇的に従業員が減っていく」という可能性はあります。
そうなったら、日本経済は壊滅するんでしょうか?
江戸時代に戻るかもしれませんね。
江戸時代ですか?
最近、江戸東京博物館とか、入場者数が増えてるんですよ。
そうなんですか?
「ちょっとした憧れ」みたいなものが、あるのかもしれません。
江戸時代の町人みたいな、ゆるーい生活ってことですか?
そうです。実は江戸って、世界最先端のカルチャーだったのかもしれません。
石塚毅
(いしづか たけし)
1970年生まれ、新潟県出身。前職のリクルート時代は2008年度の年間MVP受賞をはじめ表彰多数。キャリア21年。
のべ6,000社2万件以上の求人担当実績を持つ求人のプロフェッショナル。
安田佳生
(やすだ よしお)
1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。