この対談について
国を動かす役人、官僚とは実際のところどんな人たちなのか。どんな仕事をし、どんなやりがいを、どんな辛さを感じるのか。そして、そんな特別な立場を捨て連続起業家となった理由とは?実は長年の安田佳生ファンだったという酒井秀夫さんの頭の中を探ります。
今回は経済発展について聞きたいんですけど。昔は国がある程度「こういう産業を発展させるぞ」と指針を示し、実際にそれをやった人が金持ちになっていったわけじゃないですか。もうそのやり方は難しいんですかね?
もう無理でしょうね。もしかしたら昔から無理だったんじゃないかっていう説もあるくらいなので。
えっ、そうなんですか。
「経産省が産業政策を成功された例はない」ともよく言われますから。ただ、最近は特に世の中の複雑性や多様性が上がっているので、方向性が決めにくいというところもあると思います。
確かに、「何が成功するか」なんて、個人や企業でもわからないですからね。もしわかったら、みんながやるから逆に成功しないですし。
そうですね。これからは「国家主導」より「企業・個人主導」で動いた方がいいっていうのもそこで。どこに向かえば成功するか、なんて誰もわからないので。
ということはつまり、世の中の方向性とか、国がどう動くかとかはあんまり考えずに、自分主導でやりたいことをやった方がいいってことですか?
それももちろんそうですし、あとは「社会課題」の方に焦点を当てて、いろんな立場で一緒に動く、みたいなやり方がいいと思いますね。
なるほど。「こういう世の中にしなきゃいけない。だからこういう課題を解決しなきゃいけない」ってまず考えると。
そうです。その課題に対して、国や企業や個人のようなそれぞれの立場で、具体的に何ができるかを考えるアプローチの方が、物事が前に進みやすいと思いますね。
例えば企業だと、人の課題を解決するアイデアを出すことが商売の基本だと思うんですけど、なかなかそういう経営者さんって少ない気がします。
どうしても儲かりそうな方とか、世の中が進んでいる方向に目が行っちゃうのかもしれないですね。
そんなことばっかり勉強してズレたことをやってないで、自分が感じる目の前の「顧客課題」なり「社会課題」なりを真摯に解決すりゃいいのに、っていつも思うんですけど。それも今に始まったことじゃないんですかね?
高度成長期は社会課題がわかりやすかったんです。「給与を増やしていい生活をしたい」というはっきりしたニーズがあったので、経産省としてもそのニーズに応えればよかった。
でも、今はだいぶ状況が違いますもんね。
そうですね。岸田さんも所得倍増を唱えたりはしてますけど、労働環境が厳しくなったとしても本当に国民が所得を倍増したいのか、という答えは見つかっていない。
中小企業経営者としては、給料は増やしたいんだと思うんです。だけどそのためには、まず儲けなくちゃいけない。儲けるためには優秀な人材が必要で、それには先に待遇を上げなくちゃいけない、となって結局何も手が出せない。
それこそ高度成長期だったら、「給料を倍にするために2倍働くぞ」っていうマインドがあったんですけど。
確かに、昔はありましたね。今は「どうせ給料は倍にならないんだから働きません」っていう人が多い。
そうですよね。でも考えてみると、「2倍働いてくれたら給与も2倍にするよ」と約束されても、「じゃあ2倍働きます!」って答える人なんて10%ぐらいな気もします。
ああ、確かに。もしかしたら10%もいないんじゃないですかね。そんなにお金を欲してないというか、優先順位の一番じゃなくなってきてますよね。
そうそう。そういう状況で、「経産省が産業政策をやってGDPを上げる発想そのものがナンセンスなんじゃないの?」なんて言われてしまうと、すごく政策が作りづらい部分はあると思います。
そうでしょうねえ。やっぱり自分が解決したい社会課題を仕事にした方が、結果的に1人当たりのGDPも増えるんじゃないのかな、と思いますよ。
そうですね。国もどこに向かえばいいかすごく悩んでるところがあるので、企業が社会課題にどうアプローチしてるかがわかれば、国としてやれることが明確になってくるんだと思います。
ちなみに、社会課題って大きいものから小さいものまでいろいろあると思うんですけど。商売としてやるとしたら「大きい社会課題」と「小さい社会課題」のどっちがおすすめですか?
会社規模にもよるのかなと。例えば大企業だと、小さい社会課題を解決しても売上はそんなに伸びないので……
確かに。何千人とか何万人とかの社員がいる中で、5人10人が食えたってしょうがないですもんね。
ええ。ですから大企業だったら、最初から大きな社会課題を取りに行った方がいいですね。
なるほど。逆に中小企業は、敢えてそこに参入しなくてもよいと。
そうなりますね。中小企業なら社会課題というよりは個人課題を解決していけば、ある程度の売上にはなるので。
そうすると、日本の多くの中小企業って、「大手の社会課題を解決するための下請け」みたいになりませんか?
まあそうなんですけど、視点の問題かなと。そういう状況も別の見方をすれば「大企業のイチ担当者の社会課題を解決してあげてる」と言えるわけで。
なるほど、それもそうですね。そうやってどんどん社会課題を解決していくと、食糧問題にしてもそうですけど、昔に比べて人類全体の「大きな社会課題」ってもうすでに解決されている気がするんですけど、まだ残ってるんですかね?
例えば、日本だったら少子高齢化もそうですし、私がお手伝いしている物流業界では、人がいないとかトラックの自動運転とか省エネ問題とか、そういう話はまだまだありますね。
ということは、課題の種類が変わるだけで、「大きな社会課題」は決してなくならないんですね。
そう思います。だから厚生労働省だけじゃなく、企業にも「少子高齢化の解決や地方創生に向けてどうするか?」みたいな視点が必要なんだと思います。
ちなみに酒井さんだったら、どうやって少子化を解決するんですか?
いやまあ、これだという解決策はないんですけど(笑)。でも唯一道があるとしたら、人口が減ってもいい社会を作ることですよね
やっぱりそれしかないですよね。奇跡的にすべての男女が結婚してすべての夫婦が2人子ども産んでも、それでやっと人口が今より減らないだけですから。
そうなんですよ。少子高齢化はまず地方から来るので、インフラ整備から課題設定して、日本の人口が3000万人になったとしても生きていけるような世界を作っていかないといけないと思います。
そう考えると、解決しないといけない社会課題はどんどん出てきそうですね。その課題にそれぞれの立場で取り組むことが「これからの経済発展」につながっていくんですね。
対談している二人